「ちょっと先輩、無視しないでください。それに、主役がどうしてそそくさと帰ろうとしてるんですか」
部活の送別会にも顔を出さないで。
と続ける前に先輩はまた、今度はわざとらしく大きなため息を吐いた。
思わず口を噤んだわたしに、卒業証書の入っているのであろう筒を見せつけて『やれやれ』とでも言いたげにゆっくりと横に首を振ってきた。
「ねえ。きみは今日がなんの日か、知ってる?」
「卒業式ですよね。先輩方の」
当たり前です、何を聞いてるんですか? と続ければ、またため息を吐いて呆れられてしまうのが目に見えて、失礼な言葉が顔を出してしまわないように喉の奥に押し込んだ。
かわりにゆっくりと吐き出した細い息に、声が乗る。
「⋯⋯だけど、先輩は留年してくださいね」
「え、嫌だよ。僕は今日、意地でも卒業するからね」
「なんで、ですか? 先輩はもしかして、わたしと同じ学年になるのが嫌なんですか?」
そういうわけじゃないよ。と、静かに返してきた先輩。
それきりどちらも口を開かなかったせいで、遠く、三年生の教室が立ち並ぶる廊下の方からはまだ鳴り止まない喧騒だけが二人の鼓膜を揺らしていった。



