それから、彼が私のひとつ年上の三年生であることを知った。




 校内でたまたますれ違った彼の上履きのラインが赤色だったから。




 その時から、勝手に心の中で先輩と呼んでみては、また彼とすれ違うことはないかと周りをよく見るようになった。




 そのせいか、




 「雨森さんと桜川くんって怖いよね」





 なんて私とサクがひそやかに囁かれていることを知った。





 だから、




 「なに、金髪やめたの? え、似合わない。てか、見慣れないね」





 とサクには驚かれたけれど、髪の毛を暗くした。






 スカートが短いままでも、似合わない黒髪にして、少しでも先輩に釣り合うように変わろうとする自分は嫌いじゃなかった。






 まだ先輩の名前もクラスさえ、わからなかったけれど。
 ひとつだけ、わかったことがある。







 先輩とはあれっきり雨の日でも、晴れていても。
 電車で会うことはなかった。





 かわりに傘がいらない日。彼が駐輪場へ向かうのを見かけて、先輩が普段自転車で通学していたことを知った。






 そこそこ遠い距離を足で漕いでいる先輩を想像できなかったけれど、自転車に乗って校門を超えていった彼の背中を見ながら、すこし寂しくなった。





 「で、アメはずっとその先輩が気になるの?」




 「わかんない、でも眩しんだ」





 先輩は魔法使いだったのかもしれない。





 ううん、たぶん魔法は使えないのだけど。






 はじめてあの瞳を見た時から、きっと魔法のような、それに似た力は使えるんだと思っている。






 だって、格段に私の遅刻は減ったし。





 あの日から、雨の日だけはあの時と同じ電車を八号車の一番前の扉で待つようになった。




 深い意味はなかった。ただ、そこで待っていれば先輩が現れるんじゃないかと、確信のない期待が胸の中にあふれて、すこしだけ頬が緩んだ。





 他人への興味って、不思議。
 世界に目を向ける力を持っているらしい。





 先輩は、結局あれから一度も私たちのいる列に並ぶことはなかったけれど。






 気が付けば、ふとした時はいつも彼の瞳のことを考えてしまっている。





 なんて、考えるだけで⋯⋯。
 思っていたよりも臆病な私にはそれ以上の一歩も踏み出せなかった。