「あれ、⋯⋯雨、降り始めたの?」




 思わず漏れてしまった声。電光掲示板の奥に見えたエスカレーターからゆっくりと降りてきた男子の傘が濡れていたから。





 「マジ? 最悪じゃん」




 「今、サクが直してるのもさ、学校着くまでに崩れちゃうね」




 「うわ、お前。性格悪すぎ」





 そんなサクが嗤う声よりも、なぜか濡れた傘を持った男子から目を離せなかった。





 彼が私たちと同じ制服を着ていたから、だけではないなにかに突き動かされるように、私の目はその男子の姿を追っていた。





 俯きがちに歩いていた彼の右手に握られた傘の先から垂れた水滴が、ホームを濡らしていった。





 意志が弱そうに丸まった肩と顔の上部を隠す重たく黒い髪は、全然好みなんかじゃないのに。





 目が離せない。なんで、ってわからない。





 猫背ぎみの肩にしっかりと抱きしめられた白いエナメル生地のリュックの表面はうっすらと濡れていて、蛍光灯を反射させていた。






 その足が迷うことなく、私たちがいる扉の前の列の最後尾で止まったのを見届けると、なぜか止まらない動悸に首を傾げたような気がする。






 視界の端で眩しい光を感じて、慌ててホームドアに預けていた背中を剥がし、黄色い線の内側へ大きく一歩踏み出した。






 「初めてかも、この感じ」





 「アメ、なにボーっとしてんの」






 サクの声とほぼ同時、ちょうどホームに入ってきた電車に鳴らされた警笛の迫力は乏しかった。






 だって、それどころじゃなかった。なんで、顔も名前も知らない彼が気になるのだろうか。
 特別なことなんて、なにひとつないいつも通りの朝なのに。






 なんて背中に湿気を含んだ風圧を受けながら、あ、今日は雨が降っているんだと思い出す。