数年ぶりに乗った観覧車は、やけに煙草くさくて胸が痛くなった。古傷が疼くように、彼の顔が浮かぶ。なのに、あの時彼が吸っていた煙草の香りだけがどうしても思い出せない。縋りたいものほど遠くへ行ってしまう、とでも言うかの様に。


 「幸せになってね」


 なんて改めて口に出してみて、馬鹿みたいと自分を笑った。ぐしゃっと音をたてて、右手に握っていた結婚式の招待状がひしゃげる。



 私の乗っているゴンドラだけ、観覧車の頂上にはたどり着けない。私だけ時間が止まったまま、大人になれない。だって私は彼とじゃないと、


 「幸せになんてなれないのに」


 それでも「幸せになれ」と言うのならば、あの日乗れなかった観覧車に火をつけてしまいたい。夕日色に燃えた観覧車の燃えかすから彼の煙草の香りでもすれば、私も幸せになれるはずだから。