「観覧車のてっぺんでキスをした二人は、幸せになれるんだって」
そう言って観覧車を指差した私を、鼻で笑った彼。せっかくの遊園地デートにも関わらずアトラクションには目もくれず、ベンチに腰を下ろしたまま動こうとしない。
大人は疲れやすいんだよ、なんて見えすいた言い訳をして、彼は何食わぬ顔でポケットから煙草を取り出した。煙草の先端に火をつければ、彼の綺麗な鼻筋がぼんやりと橙色に浮かび上がる。今日も腹立たしいほどに美しく、夕日色をした小さな炎を映した瞳がどうしようもなく愛おしかった。
「聞いてる?」
「聞いてない」そう返事をするかわりに、彼は煙をふかした。細くて長い彼の指に挟まれた煙草から白く濁った煙が流れる。
吸ってたまるか、と息を止めた。彼の副流煙を吸いたい、なんて浮かれていた頃の私はもういない。
「君はまだまだ、子どもだね」
煙草くさい彼の手のひらが一度だけ、私の頭の上を滑った。やさしく、あたたかく。今までの彼の悪行をすべて許してしまいそうになる温度で。
「幸せになってね」
ヤニ臭いくせに。似合いもしないクサイ台詞を吐いた彼が立ち上がる。遠ざかっていく、くたびれた背中。彼の吐き出した息は、白く白く空へ昇っていく。一人取り残された私を振り返ることなく、彼は遊園地の雑踏にまぎれて見えなくなってしまった。
「本当に、勝手なひと」
涙は流れなかった。目の前に見える観覧車が、悲し気に歪む。涙は、流れなかった。時計の針みたいに回るゴンドラを意味もなく見つめる。
頂上で知らない二人のシルエットが重なっても、虚しくなるだけなのに。あーあ。幸せになれない観覧車なんて燃えて、灰にでもなってしまえばいいのに。



