「もしかして、照れてるの?」






 一呼吸おいて、今度は無遠慮に聞いてきた先輩を軽く睨む。満足気に一度頷いた先輩が前に向き直って、ゆっくりと先を歩き始めた。






 体温が一度だけあがるのを感じながら、顔を俯かせる。






 視界には、せわしなく歩き回る無数の靴が見えた。人の波をつくる足元に落ちている隠しておきたいものが垣間見てしまう前に、そっと目線を上げる。







 視界の端に青色が見えると、どうしようもなく安心してしまうようになってきた自分にため息を吐いた。





 「もうすぐこっちに引っ越してくるんだっけ?」






 あまり人通りが多くない裏道に入りながら、先輩が『そういえば』といった調子で話しかけてきた。






 まだ袖は掴んだまま、先輩は前を向いて歩く。






 「一週間後、ですかね」






 「へえ、大学の近く?」






 はい。とだけ告げると、ふふ。と小さく声を上げて先輩が笑う。







 ビルの間の裏道は影が四方から落とされていて、穏やかな春の陽射しはなりをひそめていた。







 先輩のせい。本当は東京に来る気なんてなかったのに。電車は覚えきれないほどの本数が通っているし、ビルばかりの景色に首が痛くなりそうだし。







 なにより先輩みたいに、東京に染まってしまいたくなかった。