自分がスクランブル交差点の主だと勘違いしているのではないか、と思うほど得意げに紹介してきた先輩。






 高層ビルの間から見える空みたいに、人の肩やら腕の隙間から車が駆け抜けていく交差点が見えた。






 「お気に召した?」





 「あ。先輩、青に変わったみたいですよ」





 なんとなくお気に召したくなくて、ちょうど青色に変わった信号を指さす。







 途端、人の波が前へと進んでいく。背中を向けた先輩。信号だったら、青は進めなのに。たった一年会わなくなった間に随分と前に進んでしまった先輩には、止まっていてほしかった。







 先輩の青色だけは、わたしを置いていかずに止まって待っていてほしかった。なんて、欲深いわたしの横を大勢の人々が通り過ぎていく。







 いつの間にか、目の前に立っていたはずの青色もいなくなっていて。慌ててスクランブル交差点に視線をめぐらせば、春の穏やかな陽ざしとは裏腹に、早まる鼓動。首筋にじわりと浮かんだ汗。







 四方八方から器用に交差を繰り返し歩く人混みに、一歩足を踏み出し、とどまる。行くべき方向がわからなかった。頭が自信なく、項垂れて。東京では先輩がいないと、わたしは進めなかったんだ。なんて今更、思い知らされているみたいで、なんだか気に食わなかった。







 一度息を吐き、勢いよく顔を上げると、人の波の中にひときわ目立つ青色を見つけた。







 さっきより一回り小さく見える背中に向けて走り出す。







 馬鹿みたい。







 柔らかい黒髪でも、ラムネをあおっているわけでもない先輩を追いかける、なんて。








 だけど、どうしようもなく早く追い付きたくて走る足を速めた。
 遠くの方で、青色の信号が点滅しているのが目に入った。