どうか、先輩だけは幸せにならないで







 渋谷には驚くほど人がいた。目を凝らし、耳を澄ませていないと目の前を歩き呼吸している先輩を見失ってしまいそうなほど。







 人と人の間に埋もれ、知らない人たちの波に流されてしまいそうになって、とっさに目の前の先輩のシャツの端を掴もうとして、掴み損ねた。空をきった指先が、青い先輩だったから掴まなかっただけ。と言い訳をした。それから、指先を自然に脇におろして。半歩分だけ先輩に近づいて、背中を追いかける。







 少し目線を上げるだけでは、いくつも立ち並ぶ高層ビルで空が見えないはずなのに。青が見えた。視界の上端にうつる青色。何度見ても、そこに先輩の黒髪は面影すら残っていない。スクランブル交差点の信号機にでもなるつもりですか? って問いただしたくなる青色に慣れるのは、一生かかっても難しいような気がした。






 「はぐれてない?」





 急に波打った青色に、首を傾げると先輩がわたしを振り返った。急に周りの人の波も止まる。






 「はぐれるわけ、ないじゃないですか」





 「そう、良かった。はい、ここがスクランブル交差点だよ」






 わたしの返事に目を細めて、腕で前方を遠慮がちに指し示した。