『渋谷のハチ公前に、10時ね』






 なんて、東京暮らしにも慣れたような返事が先輩から届いて、連絡を取り終わって暗くなったスマートフォンの画面にうつった自分の顔を何度も眺めてはため息を吐いた。






 東京まで、電車で二時間。ふらりと行ける距離でもなくて、行くたびに今でも心臓の鼓動が早くなるのを感じる。高層ビルの間から見える空が、なんだか田舎から見る空とは青さの濃度が違うように見えることとか。歩行者天国にあふれる人の波、だったり。わたしの知らない世界が広がっている。そんな東京。






 一足先に東京の大学に通っている先輩とは、この一年一度も会っていない。





 たった一年、知らなかった間に東京に染まってしまったような先輩を、少しだけ遠く感じる。





 渋谷にもハチ公にだって、わたしは一回も行ったことがないのに。





 先輩は、まだ青くなってないですよね。
 そんな縋るような言葉を小さく窓の外に漏らして。







 遠くで踏切の音が聞こえる深夜。





 返ってくるはずもない声に耳を澄ましていた。