部活終わり、談笑しながら帰っていく部員たちの背中を見送り終わった後。
体育館に一人だけ残った彼がポールのたっていない、ネットも張られていないコートの中で必死に見えないシャトルを追いかけ、実際に足を動かしながらラケットで素振りをしていたのをたまたま見てしまったから。
まだ部活に入ったばかりの頃。忘れ物をしてしまい、体育館の開いていた扉から中を覗いた拍子に偶然知ってしまった先輩の誰にも見せていなかった一面。
シャトルが飛ばないコートの上に重なった夕日の上でシューズを鳴らしながらラケットを振る先輩の姿が、網膜に張り付いて消えなかった。あの日の先輩が忘れられずに、それからは練習中でも試合中でも先輩を目で追ってしまうことが増えていった。自然と部内での会話をする機会もできて、まさか最後の大会のスコアシートを書いて、と頼まれるほど親しくなれるとは思ってもいなかったけれど。
「⋯⋯一本」
「ストップ」
両者の切羽詰まった声にコートに意識を戻すと、ちょうど先輩が腰を落としてラケットをかまえたところだった。
前方から飛んでくるサーブをしっかりと見すえつつも、右足を下げシャトルの落下地点にすばやく入り込んだ先輩。すぐに胸を反らし、大きく真上に飛びながらラケットを背中で回し勢いをつける。
前回よりも高い位置で彼のラケットがシャトルを捉えた。まっすぐ伸びた肘の先から柔らかく軽い回転をかけるようにして、振り降ろされるラケット。高い位置から真っすぐ斜線を描いて相手のコートのネット前に気持ちよく吸い込まれていく。
スマッシュよりも柔らかく、確実に鋭くネットを超えたドロップで。
相手の右足が踵から強く大きく踏み出される。シャトルが床につく間際に、打ち上げられた。もう一度、足を引きシャトルを追いかける先輩。こめかみから汗が伝った彼の横顔。
目線をシャトルに釘付けにしたまま、どこか楽しそうに軽く上がっていく口角。はじめて見た、コートの上での彼の表情。先輩が勢いよくラケットを振る。
疲れを感じさせないしなやかさと、力強さを持ち合わせた綺麗なフォームから繰り出されたラケットに当たったシャトルが、相手の脳天を通り過ぎていく。追いかける事もせずに、ただシャトルの行き先を眺めているだけの対戦相手。
お願い、と柄にもなく両手で祈る。



