「⋯⋯1本」
静寂を破ったのは左手にシャトルを持ち掲げてゆっくりと口を開いた先輩。辺りに張りつめていた緊張感が一気にひとつの塊となって、わたしに襲い掛かる。きっと彼の感じているプレッシャーには匹敵しないだろうけれど。
思わず目線を向けてしまった横顔からは彼が何を考えているのか、まったく読み取れなかった。
「先輩って、試合中だけポーカーフェイスですよね」
なんて言った私に
「その方が相手に手の内がバレなくて有利だからね」
と初めて先輩と試合をした後に教えてもらったあの日から、気が付けばもう二年の月日が経ってしまっていた。
私はただ「いつか大会で一回でも勝てたらいいな」と試合で負けるたびに弱々しく眉を下げる先輩の顔なんて、もう二度と見たくない。そんな一心で今日も先輩を応援することしか出来ない。
「ストップ」
相手が声をあげラケットをかまえたのを見て、先輩が静かに、それでいて力強くサーブを打つ。シャトルの先についたコルクが床についてしまうよりも先に、ラケットを下から勢いよく掬いあげるように振った。風切り音とともに大きな放物線を描いて、天井に届いてしまいそうなほど高く打ち上がったシャトル。伸びやかで、相手のコートの後ろ側のラインの上に真っすぐ突き刺さるように落ちてくるサーブ。
地味だから、と他の部員が疎かにしていたのをよそに、先輩だけが毎日サーブ練習を丁寧にやっていたのを思い出した。積み重ねられた練習の果てに、正確に鋭利なサーブが飛び出すようになった経緯を知っているのは、この体育館で私だけなのかもしれないけれど。私だけは、知っていた。



