「家出、今日じゃ駄目なんですか?」






 そう聞いてきた後輩の背後から、思わず目を細めてしまうほど眩しい西日が差し込んできた。夕方の図書室はあたたかい。立地が学校内の最西端なだけあって12月中旬でも完全に日が落ちきるまではそこそこの気温を保っていられるから、知る人ぞ知る穴場だったりする。本当は本のことを考えると、西日が燦々とあたる図書室なんて言語道断なのかもしれないけれど。






 「それで、聞いてます……先輩?」






 「ごめん、ちょっとボーッとしてたかも」






 「かも、じゃなくてしてましたよ」






 後輩の形の良い唇から小さなため息が漏れた。仮に吐き出されたのが図書室を1歩でも出た外だったなら、暖房もストーブもないオンボロ校舎に綺麗な白い息が舞っていたことだろう。なんて、またもや関係のないことを考えて宙を見つめてしまう。






 「で、どうして明日なんですか? 今日だってしようと思えば、これからすぐに帰って荷物をまとめて家出くらい出来るじゃないですか」






 「うーん……家出くらい出来るって言い方はすこし乱暴すぎない?」






 「でも……なんだか、僕が……いや、僕と話してるせいで先輩が家出を躊躇っているのだったら嫌だなって思って」






 「やだなぁ、そういうことじゃないよ」






 実際、家ではもうすでに持っていきたい荷物はすべてまとめてある。17年間生きてきて初めてひとりで旅に出るというのに、胸いっぱいのドキドキやワクワクがあるわけでもないし、荷物だってたったひとつのスーツケースに入りきってしまうのがなんとも寂しかった。






 「あくまで予定、予定だから明日なんだよ。未来のことは誰にもわからないでしょ。もしかしたらきみと話してて気持ちが変わって明日家出をする気がなくなるかもしれないし、はたまた今日帰ってすぐに家を出る決断をする可能性だってある」






 それはきっと本当はどちらでもいいんだと思う。なんのために家出をするのかさえ、曖昧になってしまったわたしはただ明日家出をするという予定だけを胸に生きてきたのだから。