「なに、風邪? 絶対、うつさないでね」
ポケットからおもむろに出した消毒用アルコールを顔に軽く吹きかけられて、目元に力をこめて先輩を睨みつける。これが精一杯の抗議。彼はいつも香水瓶にアルコールを入れて持ち歩いていた。
彼曰く『死にたいときに嗅ぐんだ。病院の匂いを纏っていれば、死に神が間違って僕の命を狩り取りにきてくれるかもしれないでしょ』だそうだ。
周りの人は理解出来ないと言うけれど、先輩は行動がとんちきなだけで言うことは割と的をいていたりする、不思議なひと。まあ、彼の魅力だとかそういうものはわたしだけが知っていれば、それだけで世界は満たされるから。
別に、他の人は理解出来なくていいし、知らなくてもいいけれど。
「あんまり就職活動してないのに、そういうところだけ気にするんですね」
あ、地雷踏んだ。と思った時にはもう遅く、次の瞬間には隣からなにやら先っぽが尖ったもので頬を軽く刺されていた。「嫁入り前の女の子の顔に傷をつくって許されると思っているんですか?」と抗議しても、先輩は無言でわたしの頬をキズモノにしていく。



