しばらくして、先輩がこちらを一切見ずにまた煙草を吸い始めたのをいい機会だと言わんばかりに見つめてみれば、つぶらな瞳を鋭く細めて睨まれた。
この世の混沌をすべて煮詰めて吐き出したような深い黒色が、わたしの瞳に焼き付く。その端で揺れた罪もなにも背負ってないのに、そこはかとなく業を感じるくたびれたトレンチコートはこの季節には少し暑そうに見えた。
「ねえ。それより、いつまで敬語使ってくるの?」
「敬語の方が先輩、後輩っぽくて好きなんです。だからと言って、わたしが可愛いか可愛くないかを決める権限は先輩にないはずなんですけどね」
「どうせ明日には、やっぱり先輩に生きてほしいから死にますとか言ってくるくせに」
「いや、そもそも。わたしが死んだら、だれが先輩の面倒見るんですか?」
本日二度目の無視。先輩はいつもそうだ。都合が悪くなると、こうしてわたしの言葉など聞こえていませんでしたタイムに入る。今日は相当ご機嫌が斜めだったらしく、目も合わせてもらえない。
わたしだって、ただ言うことをなんでも聞く操り人形みたいな後輩になる気は生憎なかった。二人の間に流れた束の間の静寂に、仕方なく先輩が吐き出す煙の消えていく先を見上げ眺めてみれば、薄付きの青が眩しい空には無数の白いうろこ雲が浮かんでいた。
耳を澄ましてみても、蝉の声は聞こえない。心なしか涼しく感じられた風にはすでに湿気などなく、思いきりよく吸った空気の思わぬ乾燥具合に咳が出てしまった。



