「よし。じゃあ、最後に進路希望調査を書いたら、今日は終わりにするからな。十分後に後ろから集めるぞ」




 そんな声とともに、前の席から一枚のプリントが回ってきた。先輩がいなくなって、一か月。





 追うべき背中を完全に見失ってしまったわたしに、たった十分で進路を考えることなど出来るわけもなく、組んだ腕の中に顔を埋めて机の上に突っ伏した。





 ふわりと、先輩の残り香に包み込まれて、無性に泣きたくなる。





 部活の後、一度だけ分けてもらった制汗剤と同じ香りが眼前に広がった。





 連絡先も、進学先も知らない先輩は、思えばいつもシトラスの香りがした。




 思い出が消えてしまいそうで、クリーニングに出せずにいた先輩のブレザーの匂いを嗅いだところで、先輩に会えるわけでもないのに。





 縋るように、先輩の腕の中で深呼吸をする。





 肺がいっぱいになるまでシトラスが香れば、先輩の細めた瞳が瞼の裏に朧気に浮かんできて、やっと安心出来た。