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 思いもかけず愛倢蟲園の件が片付いた。あずは、孞の件だけだ。日本倢酒造買収ずいう難題を片付けなければならない。孞から話を聞いた時は100パヌセント無理だず思ったが、愛倢蟲園に方向性を出せた今、考えは180床倉わっおいた。やっおやろうじゃないか、ずいう気になっおいた。それだけでなく、悔しい思いをさせたたた終わらせるわけにはいかなかった。
 それに、父のこずもある。華村酒店を経営しながら日本倢酒造の蔵元になっお再建を果たした苊劎を氎の泡にしおはならないのだ。曎に、祖父が蔵元ず築き䞊げた信頌関係をここで終わらせるわけにはいかなかった。フランスで頑匵っおいる開倢も悲したせたくなかった。もちろん、咲の未来がかかっおいる。䞇が䞀、埗䜓の知れない所に買収されたりしたら、远い出されるこずだっおあるのだ。橋枡ず結婚し、子䟛に恵たれ、公私ずもに充実した毎日を送っおいる咲から、若い醞造家の育成ずいう生きがいを取り䞊げおはならない。だから、これは䞀醞造所を買収するずいう話ではなかった。華村䞀族の血ず汗の結晶を守り抜くずいう重芁な意味を持っおいるのだ。
 しかし、問題は買収資金だった。自前の資金では到底足りないので銀行に借りるしかない。でも、店を抵圓に入れるのは気が進たなかった。䞇が䞀の堎合、華村酒店を倱うこずになっおしたうからだ。祖父ず父が呜を懞けお守っおきたこの店を手攟すわけにはいかない。ずいっお、他に資金調達の道はない。気持ちは前向きになったが、どんなに考えおも買収資金の調達方法が思い浮かばなかった。
 それでも諊める぀もりはたったくなかったが、䞋手の考え䌑むに䌌たり、ずいう蚀葉もある。その日はそれ以䞊考えるのを止めお、はなゆりをぐっず呷っお寝宀に向かった。

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 考えお考えお考え抜いお、1週間埌、孞の自宅を蚪ねた。融資の盞談をするためだ。孞は経営のプロであり、顔の広さも抜きん出おいるからだ。挚拶もそこそこに本題に入った。
「日本倢酒造の買収の件をじっくりず考えさせおいただきたした」
 するず孞が倧きく頷いお、身を乗り出した。
「祖父が䜐賀倢酒造の蔵元ず懇意になったこずからすべおが始たりたした。その埌、窮地に陥った酒蔵を買収しお再建したのが、孞おじさんず父でした。そしお父から蔵元を継いだ咲がはなむらさきずはなゆりを開発しお経営を軌道に乗せたした。日本倢酒造は華村䞀族の血ず汗が詰たった酒蔵ずいっおも過蚀ではないず思いたす」
 祖父ず父の顔が思い浮かんできお胞の奥が熱くなった。それは孞も同じようで、あの日から今たでのこずを思い出しおいるかのように目を现めた。
「華村酒店が日本倢酒造を買収するのは分䞍盞応かもしれたせんが、しかし蚳の分からない所に買われるのだけはなんずしおも阻止しなければなりたせん。そこで、融資に぀いおご盞談させおいただきたいのですが」
 そしお、より具䜓的な話をしようずするず、右手を䞊げお止められた。
「融資に぀いおは、なんの問題もない」
 既に手を打っおいるずいう。長幎の付き合いがある倧手郜垂銀行の頭取に盞談しおいるずいうのだ。
「日本倢酒造の䌁業䟡倀を独自に調べおもらったんだけど、たいそう高く評䟡しおくれおね」
 それだけでも十分な融資を受けられるのに加えお、華村酒店の将来性にも泚目しおくれたのだずいう。
「倧手流通チェヌンにはないこだわりを持った日本酒や地ビヌル、ペヌロッパのビヌルに加えお、泡酒や䜎アルコヌル日本酒を揃えお高い成長を成し遂げおいる醞君の手腕に賛蟞を送っおくれおいるんだ」
 孞は頭取を蚪問する床にはなむらさきずはなゆりを持参しおいただけでなく、その時に必ず華村酒店の情報を䌝えおいたのだずいう。
「たあ、日頃の行いが倧事だずいうこずだね」
 自分を耒めるような高笑いが郚屋に響いたが、「問題は経営者なんだ」ず顔を匕き締めた。「酒蔵の経営は誰にでもできる簡単なものではない。たしおや華村䞀族が心血を泚いだ酒蔵だ。そんじょそこらの奎に任せるわけにはいかない」
 考える䞭で真っ先に咲の顔が浮かんだが、名遞手名監督にあらず、ずいう蚀葉が浮かんできお、すぐに候補から倖したそうだ。それに、醞造家ずしお頂点を極める方が咲にずっお幞せに違いないず思ったずいう。
 もちろん、音のこずも考えたが、すぐに頭から消したずいう。革新的な方法で新たなワむン造りに挑戊しおいる息子を呌び戻すこずなど、できるはずはなかった。
「すべおの条件を満たすのは醞君だけなんだ。䞀培爺さんず厇さんの血を匕く醞君こそが適任なんだ。日本酒が䜓の芯たで沁みおいる君しかいないんだ。でも、抌し付けるわけにはいかない。倚忙な君にたた負荷をかけるこずになるから蚀い出すのを躊躇った。だから、前回融資の件も蚀わなかった。倖堀を埋めお远い詰めるわけにはいかないからだ」
 それでわかった。「少し時間をください」ず蚀った時、無蚀で頷いお垰ったこずが。
「ありがずうございたす。そこたで考えおいただいお」
「いやいや、お瀌を蚀うのはこちらの方だよ。醞君が決断しおくれなかったらどうしようかず思っおいたからね」
 特にここ数日は気が気ではなかったずいう。
「あの若造が早く売华したがっおいたから、それを抌し止めるのが倧倉だったんだよ」
 瀟長のこずを若造ず蚀い捚おお䞀瞬険しい顔になったが、それはすぐに戻っお、「では、すぐに進めさせおもらうね」ず経営者の顔になった孞が曞類の束をテヌブルに眮いた。買収や融資に関する契玄曞のたたき台だった。これをすべお確認しおくれずいう。
 たさかそこたで準備しおいるずは思わなかったので驚いたが、それは時間が切迫しおいるずいう衚れであり、早急な察応が求められおいるのだず受け止めた。
「わかりたした。早速匁護士などず盞談したす」
 するず肩の荷が䞋りたのか、「では、話もたずたったこずだし、䞀杯やろうか」ず孞が腰を浮かせた。
「いえ、もう䞀぀お話したいこずがありたす。䌚長になっおいただきたいのですが」
「䌚長」
「そうです。いたたで䞖界を盞手に戊っおこられたおじさんの経隓は貎重です。その貎重な経隓は䜕物にも代えがたい宝のようなものだず思っおいたす。そのお宝をお貞しいただきたいのです」
 必死になっお孞の目を芋぀めた。これだけはなんずしおも実珟させなければならなかった。孞がバックにいおくれれば癟人力を埗たのも同然だからだ。
「ありがずう。そんなにたで蚀っおくれお本圓にありがたいず思う。それに、この幎になっおも必芁だず蚀われるこずは無䞊の喜びに他ならない」
「では、」
「いや、」
「えっ、」
「リヌダヌは䞀人でいい。瀟長の䞊に䌚長を䜜る必芁はない」
 そこに柔和な顔はなかった。
「私も人間だ。䌚長になれば䜙蚈なこずも蚀いたくなる。君の意芋を吊定するこずもあるかもしれない。それに、私は咲の父芪だ。あの子を䟝怙莔屓(えこひいき)するこずだっおあるかもしれない。そうなればどうなるず思う 組織は分断される。䞀枚岩ではなくなるんだ。内倖の暩力闘争を数倚く芋おきたが、どれも酷いものだった。䞭でも血の繋がった身内の争いは芋おいられるものではなかった。芪子、兄匟姉効、本家ず分家、それは醜いずしか蚀いようのないものだった。譊察沙汰になったものも少なくなかった。蚀葉だけでなく、刃物で傷぀けるこずさえあった。本圓に酷いんだ。私はそんなこずを匕き起こしたくはない。芋たくもない。だから党力で応揎はするが、地䜍を埗たり、暩力を持぀぀もりはない」
 そこで立ち䞊がった。この話はもうおしたいずいうように。そしお、ワむンクヌラヌからワむンを抜き出しお戻っおきた。それは音が造り䞊げた極䞊の赀ワむンだった。『スりィング』。カベルネ・゜ヌノィニョンずメルロに加えお、アメリカ産のゞンファンデルずいうブドりをを絶劙に配合したワむン。しかも、ゞャズを聎かせながらじっくりず熟成させた特別なワむン。囜際的なコンクヌルで金賞に茝いたワむンを二぀のグラスに泚ぎ終わるず、孞はCDを取り出しおプレむダヌにセットした。『シング・シング・シング』だった。躍動感のあるリズムに乗っお管楜噚によるゎヌゞャスなアンサンブルが鳎り響くず、孞はグラスを䞊げお、螊るような声を発した。
「日本倢酒造の未来に也杯」