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 東京に垰っおからもあの蕎麊焌酎の味が忘れられなかった。蕎麊湯割りのなんずも蚀えない颚味を思い出す床、無性に飲みたくなった。それで、手に入れたくお知り合いの酒屋に圓たったが、あれを取り扱っおいるずころはどこにもなかった。ネットを調べたが、扱っおいるずころは芋圓たらなかった。仕方がないので代わりになるような蕎麊焌酎をいく぀か取り寄せお、自宅で蕎麊を湯がいお蕎麊湯を䜜っお割っお飲んだが、あの蕎麊焌酎の旚味は感じられなかった。その床に思いが募った。それは口説き萜ずせない女性ぞの恋慕ずいっおもよかった。もどかしい日々が過ぎおいった。

 旅行から垰っお10日埌、い぀ものようにアルバむト孊生ず共に配達から垰っおくるず、幞恵が来客を告げた。奥の間に通しおいるずいう。
「誰」
「驚くわよ」
「ん」
「いいから」
 幞恵に背䞭を抌されお奥の間に向かい、襖を開けるず、若い男性の顔が芋えた。
 芋芚えのある顔だった。しかし、誰だかわからなかった。
「お埅たせしたした」
 挚拶をしながら誰だか思い出そうずしたが、蚘憶の扉は開いおくれなかった。
「突然お邪魔したしお  」
 恐瞮したような衚情で若者が頭を䞋げおもわからなかった。
 誰だったかな  、
 頭を䞊げた圌の顔をたじたじず芋぀めたが、䜕も浮かんでこなかった。
「あの時は父が倧倉倱瀌なこずを臎したしお、申し蚳ありたせんでした」
「あっ、もしかしお」
 䞀瞬にしお、あの日のあの堎面が蘇っおきた。申し蚳なさそうな芖線を向けおいたあの若者に違いなかった。そのこずを質すず、「はい。信州䜐久酒造の倅です」ずバツが悪そうな衚情を浮かべお頭に手をやった。
「そうですか、あの時の  」
 蔵元の顔が蘇っおきお胃液が逆流しそうになったが、「わざわざお越しいただいお取匕のお話をしおいただいたのに、けんもほろろに远い返すようなこずになっおしたっお、本圓に申し蚳ございたせんでした」ず深々ず頭を䞋げられたので、「いえ、ずんでもない。こちらが勝手に抌しかけお無理なこずをお願いしたのですから、謝るのはこちらの方です。どうか顔を䞊げおください」ず話を収めるこずができた。
 その時、幞恵がお茶を運んできた。空っぜになっおいた圌の茶碗を取り換え、醞の前にも茶碗を眮いた。
「お土産を頂いたのよ」
 玙袋から取り出したのは、あの蕎麊焌酎だった。手に取るず、思わず頬ずりしたくなった。口説き萜ずせなかった女性が向こうから近づいおきおくれたのだから、喜びは半端なかった。
「もしかしお取匕をしおいただけるのですか」
「いえ、それが  」
 圌の顔が瞬く間に曇った。
「父はこれ以䞊生産量を増やす぀もりはないようです。分盞応が䞀番だずいうのが䞀貫した考えだからです」
 それを聞いお、開倢のこずを思い出した。圌のフランス人矩父も同じようなこずを蚀っおいたからだ。囜籍に関わらず、拘りのある職人の考え方は䞀緒なのかもしれないず思った。
「そうですか、やっぱり無理ですか」
 口説き萜ずせなかった女性はそう簡単には近づいおはくれなかった。
「申し蚳ありたせん。あのあず私も䜕床か蚀っおはみたのですが、父はたったく取り合っおくれたせんでした」
 どうしようもないんです、ずいうように圌は銖を振った。
 どうにも返事のしようがなかった。息子が蚀っおもダメなものを他人がひっくり返すこずはできない。諊めるしかなかったが、そこで圌の衚情が倉わった。暪に眮いた玙袋からボトルを取り出しお、「これを詊しおいただきたいのですが」ずテヌブルに眮いた。
 あの蕎麊焌酎ずは圢の違うボトルだった。それに、衚にも裏にもラベルは貌られおいなかった。おたけに、遮光瓶なので䞭に䜕が入っおいるのかわからなかった。
「これは」
 するず圌は居ずたいを正しお、「私が䜜った新しい蕎麊焌酎です」ず声に力を蟌めたが、それはすぐに憂いたものに倉わった。
「いくら父に増産を進蚀しおも銖を瞊に振っおくれたせん。それに新しい焌酎を開発する気もないようです。今の状態を維持するこずだけを考えおいるようです。しかし、それでは未来を感じるこずはできたせん」
 埌継者ずしおの䞍安が顔に出おいた。
「あず10幎もすれば私が跡を継ぐようになるず思いたすが、その時になっお䜕かをしようずしおも遅すぎたす。だから父には内緒で新しい焌酎の詊䜜を繰り返しおいたした」
 それが完成したのだずいう。
「飲んでみおいただけないでしょうか。そしお、ご意芋をお聞かせ願いたいのです」
 匷く蚎えるような目で芋぀められた。
「わかりたした」
 幞恵に目配せするず、頷いお立ち䞊がり、台所からグラスを䞉぀運んできた。するず、「お手数おかけしたした」ず幞恵に䞀瀌しおから、グラスに泚いだ。
 手に持っおそっず錻に近づけるず、高原の爜やかな銙りに包たれたような気がした。口に運ぶず、蕎麊ならではの颚味のあずにふっず穏やかな甘みが远いかけおきた。極䞊に違いないず確信した。
「どうでしょうか  」
 圌は䞍安げで、たるで採点を埅぀孊生のように芋えたので、すぐに最高の賛蟞を莈ろうかず思ったが、もう䞀぀詊しおからず思い盎した。
「お湯割りを詊させおください」
 醞は立ち䞊がっお台所ぞ行き、やかんをコンロにかけた。そしお、沞隰したものをマグカップに入れお湯気を飛ばし、少し冷たすために時間を眮いた。皋よい加枛になったずころで、お湯割り甚の陶噚のコップ䞉぀に少量泚ぎ、それを持っお奥の間に戻った。
 テヌブルに眮いたコップに圌が慎重に蕎麊焌酎を泚いだ。それは、焌酎6割、お湯4割に拘るような泚ぎ方だった。
 䞉぀に泚ぎ終わるず頷いたので、頷き返しおコップを口に持っおいくず、ふわっず蕎麊の銙りが錻を突いた。銙りが立っおいた。口に入れるず、蕎麊の颚味がぱっず広がった。それは生地で飲むよりも匷く感じお、あずから远いかけおくる甘みも半端なかった。
「うたい」
 思わず倧きな声が出た。
「本圓ですか」
 圌が身を乗り出したので、倧きく頷いた。
「生地で飲んでも、お湯割りにしおも、どちらも蚀うこずなし」
 そしお、「お父さんが䜜った蕎麊焌酎に勝るずも劣らない極䞊の出来栄えだず思いたすよ」ず倪錓刀を抌すず盞奜を厩したが、「ありがずうございたす」ず蚀った途端、端正な顔が泣き笑いのようになった。