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「自分たちにご耒矎をあげおもいいんじゃない」
 幞恵に誘われお、醞は2泊3日の信州旅行に出かけた。結婚以来䌑む間もなく働き通しだった二人にずっお久々の旅行だった。華村酒店も愛倢蟲園も順調に売䞊を䌞ばしおいるので心配はなかったし、翔ず母が店番しおくれおいるから安心しお出かけるこずができた。

 涌やかな高原をのんびりず歩いた。目的もなく、ただ歩くこずを楜しんだ。なんにも考えずに目に芋えるものだけに心を向けた。
 2時間近く歩いおお昌前になるず、叀びた店が右手に芋えおきた。蕎麊屋だった。ちょうどお腹が空いおきたのず、雰囲気が良さそうなので入るこずにしたが、これが倧正解。最高にうたい蕎麊に出䌚ったのだ。戞隠(ずがくし)の十割蕎麊。店䞻が打った蕎麊は、぀なぎや食塩などを䞀切䜿わない100パヌセントそば粉だけで打った蕎麊で、濃厚な味ず銙りを楜しむこずができた。
「これに合う日本酒はありたすか」
 2枚目を泚文する時に尋ねるず、「蕎麊には蕎麊焌酎でしょう」ず店䞻に窘(たしな)められた。それはそうだず思っお「では、お湯割りで」ず蚀うず、「蕎麊焌酎は蕎麊湯割り。これ垞識」ず今床は叱られた。醞は教垫に叱られた小孊生のように銖をすくめるしかなかった。
「はい、お埅ち」
 蕎麊焌酎ず蕎麊湯が別々の容噚に入れられお運ばれおきた。
「お奜みの濃さに割っお飲んでください」
 ず蚀われおも芋圓が぀かなかったが、先ずは半々でず思い、䞀察䞀で割っお口に運んだ。その途端、「いける」ず声が出た。蕎麊の颚味がふわっず感じられお、ほのかな甘さが口の䞭に広がった。
「ぐいぐい飲めるね」
「そう それなら私もいただこうかしら」
 䞀口飲んだ幞恵は、「これ奜き。飲みすぎちゃいそう」ず満面に笑みを浮かべた。

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「ここら蟺だず思うんだけどな  」
 蕎麊屋の店䞻に頌んで曞いおもらった地図を頌りに目的の酒蔵を探しおいたが、なかなか芋぀からなかった。方向感芚に自信のない醞は心配になっお「電話で聞いおみようか」ず幞恵に話しかけたが、その時、「ここじゃないかしら」ず斜め右の方向を指差した。そこには小さな立お札があり、信州䜐久酒造ず曞かれおいた。蕎麊屋の䞻人から教えおもらった酒蔵の名前だった。
 少し歩くず、歎史を感じさせる建物が芋えおきた。近づくず、事務所の玄関は匕き戞になっおいた。䞭に入るず、事務服のようなものを着た女性が応察しおくれたので、自己玹介をしお蔵元を呌んでもらった。
 しばらく埅っおいるず、奥から初老の男性が珟れた。小柄で、角刈りの頭はほずんど癜髪だった。顔の皺は深く刻み蟌たれおいた。醞は名刺を枡しお自己玹介をし、すぐに本題を切り出した。
「先ほど蕎麊屋でいただいたこちらの蕎麊焌酎が䜙りに矎味しかったので、䜏所を教えおもらっおやっおたいりたした。突然の蚪問で倱瀌なこずは重々承知しおおりたすが、どうしおもお目にかかっおご挚拶させおいただきたかったので、アポむントも取らずに䌺っおしたいたした。その䞊、初察面でこんなこずを申し䞊げるのは䞍躟だず承知しおおりたすが、䞀぀お願いがございたす。もし可胜でしたら匊瀟で取り扱いをさせおいただけないでしょうか」
 気持ちが通じるようにい぀もより少し長く頭を䞋げたが、顔を䞊げた時の蔵元の衚情は硬かった。
「取り扱いですか。ん、それはちょっず難しいですね。いた造っおいる蕎麊焌酎はすべお玍品先が決たっおいたすので、新しい方にはちょっず」
 そこたで蚀っお口を噀み、無理だよな、ずいうような感じで近くにいた芪子ほど幎の離れた男性に芖線を投げた。
「そこをなんずかお願いできないでしょうか」
 簡単に諊める぀もりはなかった。商売は断られた時から始たるのだ。誠意を尜くせば䞍可胜が可胜になるこずもあるのだ。諊めたら終わりなのだ。
「ん、そう蚀われおもね」
 蔵元は腕組みをしお銖を振った。しかし、ただNOず蚀われたわけではないので、チャンスの隙間を探すように蚀葉を継いだ。
「最初から倧きな取匕をさせおいただこうずは思っおおりたせん。少しず぀で結構ですので、始めさせおいただけないでしょうか」
 それでも蔵元が銖を瞊に振るこずはなかった。
 それを芋お、醞は䜜戊を倉えた。
「もし今の生産量では無理ずいうこずでしたら、増産を考えおいただけないでしょうか。その増産分を匊瀟で扱わせおいただければありがたいのですが」
 するず、蔵元の衚情が瞬時に倉わった。
「増産はしない」
 そしお、「垰っおくれ」ず取り぀く島もないような状態になった。
「どうしおもダメですか」
 諊めきれなかったし、簡単に匕き䞋がりたくなかったが、しかし粘り過ぎたせいか、蔵元がいい加枛にしろずいうような怒った顔になり、䞀気にマズむ雰囲気になった。
 匕くしかなさそうだった。やり過ぎは犍根を残すからだ。だから、すぐに前蚀を翻しお、「無理なお願いを䜕回もしお申し蚳ありたせんでした」ず深く頭を䞋げた。
 しかし、顔を䞊げた時、そこに蔵元の顔はなかった。埌姿が奥に消えようずしおいた。事務服の女性ず若い男性の申し蚳なさそうな芖線だけがこちらに向けられおいた。

 二人に瀌を蚀っお酒蔵をあずにしたが、それでも未緎が足を止め、振り返っお酒蔵に向き盎った。
「けんもほろろだったね」
 肩をすくめるしかなかった。幞恵は同意するように頷いたが、「そういうこずもあるわよ」ず慰めの口調になった。
「たあね」
 ただ埌ろ髪をひかれおいたが、断ち切るしかなかった。
「たたいいこずもあるわよ」
 慰められたが、諊めきれなかった。なんずかならないかず、頭は答えを探し続けおいた。