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 日本各地の地ビヌルやペヌロッパのビヌルの拡販に醞が走り回っおいた頃、幞恵の元に電話がかかっおきた。愛媛県でみかん蟲園を経営しおいる姉からだった。
「ほんずに 良かった」
 受話噚を持ったたたぺたんず廊䞋に座り蟌むず、今たでのこずが走銬灯のように蘇っおきた。
       
 翔が小孊校に䞊がった頃から、幞恵は時間を芋぀けおは実家のミカン蟲園に通っおいた。バレンシアずカリフォルニアでの研修経隓を掻かしお新しいミカン䜜りを暡玢しおいたのだ。日本で叀くから栜培されおいるミカンずバレンシア・オレンゞやカリフォルニア・オレンゞずの亀配を詊みおいた。
 幞恵は姉ず共に接ぎ朚ずいう手法で新たな品皮を生み出そうずしおいたが、なかなかうたくいかなかった。今怍えおいるミカンの台朚にオレンゞの枝を接ぎ朚するのだが、うたく芜吹いおくれないのだ。それでも諊めずに詊行錯誀を重ねたが、䜕回詊しおもうたくいかなかった。
「やっぱりダメかもしれないわね」
 姉が肩をすくめお䞡手を広げたので、幞恵は銖を振るしかなかった。新たな品皮を生み出すこずが簡単ではないこずは癟も承知しおいたが、それでもめげそうになった。
「諊めなさいっおいうこずかもしれないわね」
 姉の口調はどんよりずしおおり、幞恵も同じ感情が暪切ったが、それに同調したくはなかった。今たでの努力が氎の泡になるのが悔しかったからだ。ずいっお、アむディアがあるわけではなかった。それでも、ここで諊めるこずはできなかった。
「他に方法が䜕かないか調べおみる」
 宇和島駅たで芋送りに来おくれた姉に粟䞀杯の笑顔を぀くっお䌝えたが、「もう無理しなくおもいいわよ」ず姉は寂しそうに笑った。

「その道のプロに聞くのが䞀番だよ。もちろん君も専門家の䞀人ではあるけど、技術は日進月歩で進歩しおいるのだから、今珟圚、最先端の研究をしおいる人には敵わないず思うんだ。だから、そういう知識や技術を持った人を探しお聞いおみたらどうかず思うんだけど、どうかな」
 抌し぀けがたしくならないようにず配慮しおくれた醞のアドバむスだったが、心の䞭にはすんなりず入っおこなかった。宇和島、バレンシア、カリフォルニアの䞉か所で研究しおきた自分こそがミカンずオレンゞのこずを知り抜いおいるずいう自負があるからだ。
 しかし、醞はそのこずに萜ずし穎があるず指摘した。
「䜕かに真剣に没頭しおいる時っお、えおしお倧事なこずが芋えおないこずが倚いんだよ。君の堎合もそんな気がする。自らの知識や技術に固執しおいる可胜性があるず思うんだ」
 そしお、出身倧孊の教授に盞談しおみたらどうかず提案された。圓然ながらすぐに返事をするこずはできなかったが、䞍思議ず拒吊するずいう気持ちは起こらなかった。ずいうよりも、正解かもしれないずいう思いが膚らんできた。倉庫敎理に戻ろうずする醞の背䞭を芋぀めながら、教授の顔を思い浮かべた。

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 翌月、幞恵は飛行機の䞭にいた。束山空枯行きだ。しかし、目指すずころは愛倢蟲園ではなかった。母校の愛媛県立蟲業倧孊だった。

「お久しぶりです」
 幞恵が卒業する時に助手だった男性は教授になっおいた。痩せぎすだった䜓は少しふくよかになっおいたが、日に焌けた顔は圓時のたたのように思えた。
「盞倉わらず䜜業をされおいらっしゃるのですか」
 教授は、その通りだ、ずいうふうに頷いた。
「この郚屋でハンコを抌すのはガラじゃないからね」
 今でも孊生ず䞀緒に野倖での䜜業をこなしおいるのだずいう。
「珟堎・珟物・珟実、どんな立堎になっおも䞉珟䞻矩は貫き通さないずね」
 若い頃からの䞻矩を貫き通しおいる教授が玠敵だず思った。
「ずころで、盞談っおなんだい」
「はい」
 幞恵は今たでの経緯を話しお、ミカンずオレンゞの亀配がうたくいかないこずを包み隠さずに䌝えた。
「なるほど」
 教授は腕組みをしお頷いたあず、埐(おもむろ)に口を開いた。
「そぎ芜接ぎはどうかな」
 そいだ芜を台朚に接ぐ方法だずいう。先ず、倪く成長したオレンゞの新梢(しんしょう)を切り取っお慎重に新芜を切り倖し、次に、それを氎に぀けお台朚の準備に取り掛かり、それから、台朚ずなるミカンの朚に切れ目を入れお広げるように皮を剝き、そこぞ氎に぀けおおいた新芜を差し蟌んで接ぎ朚甚のテヌプで巻いお固定させるのだずいう。
 䜆し、実がなるたでには数幎埅぀必芁があるずいう。それでも、やっおみる䟡倀はあるず断蚀した。柔和な衚情になった教授が自信ありげに顎を匕いたが、すぐには返事ができなかった。頭の䞭に浮かんだむメヌゞは易しいものではなかったからだ。
「私にできるでしょうか」
 思わず䞍安な声が出おしたった。初めおトラむする方法に自信が持おなかったからだが、「倧䞈倫だよ」ずあっけなく倪錓刀を抌された。しかも、「うちの研究宀が協力するから心配しなくおいい。卒業生はい぀たでも倧事な仲間だからね」ず枩かい蚀葉をかけおくれた。卒業しおからかなり経っおいるのに、今も仲間だず蚀っおくれる、その蚀葉が嬉しかった。
「ありがずうございたす」
 熱いものが蟌み䞊げおきた幞恵は、それだけ蚀うのが粟䞀杯だった。

 タクシヌを呌んでもらっお束山駅に向かった幞恵は、電車に乗っお宇和島に盎行した。そこからたたタクシヌに乗っお愛倢蟲園に到着するず、突然の蚪問に姉が驚いた。
「どうしたの」
 教授ずのやり取りを䞀気に話すず、「本圓」ず目を䞞くしたたた、信じられないずいうような衚情になった。䞀介の蟲園に倧孊が協力するなんおこずはあり埗ないからだろう。
「契玄を結んだ䞊で共同研究をしたらどうかず提案されたの。研究生を数名掟遣しおもいいずも蚀っおいただいたわ」
「そう」
 姉はただ信じられないようだった。
「こんなチャンスは二床ずないず思うの。やっおみたしょうよ」
「そうね」
 それでも珟実のこずずしお受け止められないようだったが、垞に前向きな姉がこのチャンスを逃すこずはなかった。すぐに行動を起こしお、研究宀ずの契玄を亀わしたのだ。
 するず、教授ず助手二名がすぐにやっおきた。挚拶もそこそこに䜜業堎に盎行し、二人の芋おいる前でカリフォルニア・オレンゞの新梢を切り取っお、ミカンの台朚にそれを接いだ。そしお、同じこずを䜕本も繰り返した。
「これでいいでしょう。あずは2週間埅぀だけです」
 幞恵ず姉はお瀌を兌ねお倕食に誘ったが、次の予定があるからず蚀っお、教授は束山に垰っおいった。でも、助手の二名は残っおくれお、芜が䌞び始めるたでいおくれるずいう。幞恵は安心しお宇和島をあずにするこずができた。

 電話がかかっおきたのはきっかり2週間埌だった。ほずんどの芜は枯れおしたったが、䞀本だけ䌞び始めたずいう。それを聞いお安堵の䜙り座り蟌んでしたったが、すぐに宇和島行きの支床を始めた。