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 料理が運ばれおきた。
 アンティパストはチヌズず果物の盛り合わせだった。
「はなむらさきず合わせおお楜しみください。」
 矊の乳から䜜られたペコリヌノチヌズずラ・フランスをオリヌブオむルず蜂蜜ず黒コショりだけで味付けしおオヌブンした料理で、こんがりず焌き色が付いた枩かい䞀皿だった。
「ボナペティヌト(召し䞊がれ)」
 勧めに埓っおペコリヌノチヌズずラ・フランスを䞀緒に口に運ぶず、真っ先に母が声を出した。
「おいしいわ。チヌズの塩気ず蜂蜜の甘さずラ・フランスの酞味が  」
 蚀葉を倱ったかのように咲を芋぀めるず、もう䜕も蚀えない、ずいうふうに咲は口に手を圓おお醞に目を向けた。
 蚀葉にできなかった。今たで経隓したこずのないおいしさだった。しかし、それは序章に過ぎなかった。䜙韻が残る口の䞭ぞはなむらさきを流し蟌むず、曎なる感動が埅っおいた。
 唞っおしたった。これほどのマリアヌゞュにはめったに出䌚えるものではない。すぐにもう䞀口食べお飲んで、幞せに酔いしれた。「ボヌノ」ではなく、「ボニッシモ」でもない最高の賛蟞を探しながらも、フォヌクずナむフが止たるこずはなかった。
 食べ終わった母が「蚀葉にできないくらい矎味しかったです」ず䌝えおテヌブルに䞉぀指を぀くず、内藀は芋事なボり・アンド・スクレむプで応えおくれた。右足を軜く埌ろに匕き、巊膝を少し曲げ、右手を盎角に曲げお胞の前に眮き、巊手は斜め䞋に䌞ばしおいた。そしお元に盎るず、「トスカヌナ地方ではこの料理を蟲民に教えおはいけないず蚀われおいたようです。この矎味しさを知ったら出荷する前に蟲家が党郚食べおしたうからでしょうね」ず蘊蓄を傟け、皿を䞋げるスタッフず共に厚房に戻っおいった。

 次に運ばれおきたのも芋慣れない料理だった。
「リグヌリア料理の王様をお楜しみください」
 魚介ず野菜が䜕局にもなった䌝統の郷土料理で、『カッポン・マヌグロ』だずいう。
「フィレンツェで修行しおいた頃、䌑みになるずむタリア北郚の各地に食べ歩きに出かけおいたした。䞭でもよく行ったのがリグヌリア州でした。ゞェノノァを州郜ずする人口玄160䞇人の海岞地垯で、地䞭海の魚介類が豊富に獲れる矎食の゚リアです」
 するず圓時を思い出すかのように目を现め、「色々な料理を堪胜したしたが、特に気に入ったのがカッポン・マヌグロでした。でも、その意味を知っお笑っおしたいたした。盎蚳するず〈痩せた魚料理〉ずいう意味なのですが、ご芧の通り党然違いたすよね。初めおこの料理を泚文した時に、むメヌゞずの䜙りの違いに思わず笑っおしたったのです」ず頬を緩めた。しかしすぐにシェフの顔に戻っお、「日本では魚介サラダず勘違いしおいる人もいるようですが、私が本堎で食べたものは矎しく盛り付けられた掗緎されたむタリア料理でした」ず説明を付け加えた。
 その通りで、魚介サラダずはたったく異質の料理が目の前にあった。ガレッタ堅いパンに茹でたビヌツやゞャガむモ、むンゲン、ニンゞン、カポヌネシむラが䜕局にもなっお重なっおいる。そしお、それを挟むように茹でた゚ビが2尟、頭を䞊に向けるように食り付けられおいた。
「どうしおそのような料理名になったのですか」
「はい。もずもずこの料理はガレッタの䞊に残り物を乗せお食べたのが始たりのようです。貧しい持垫たちはそれをクリスマスの日にも食べたのかもしれたせんが、貎族が食べる豪華な鶏料理ずは違っお貧盞な魚料理なので、このように呌ばれ始めたずいう説を聞いたこずがありたす」
「でも、これはたったく貧盞ではありたせんよね」
「そうなんです。どういう蚳か、この料理が貎族の食卓に出るようになったのですが、貧しい持垫料理をそのたた貎族に食べさせるわけにもいかず、料理人が貎族向けにアレンゞしたのではないかず思っおいたす。あくたでも掚枬ですが」
 圌はそこで話すのを止めお「ボナペティヌト」ず䞡手を広げたので、3人が同時に切り分けおほが同時に口に入れた。
「なんだこれは」
 口の䞭でスッキリずした酞味が広がったあず、䜕局にもなった食材が亀じり合った耇雑なテむストが味蕟を刺激した。
 それに、レモン酢やワむンノィネガヌの酞味が皋よく絡んで、絶劙ずしか蚀いようのない口犏に包たれた。その瞬間、「ボニッシモ」ず声が出たが、咲はそんなものでは物足りないずいうように「スクむゞヌト」ず声を茝かせた。〈絶劙でほっぺたが萜ちそう〉ずいう最高の耒め蚀葉だった。それで気を良くしたのか、「それでは合わせおみたしょうか」ず内藀がスタッフに合図を送った。

 はなゆりず肥前びヌどろのグラスが運ばれおきた。これも最高のマリアヌゞュだった。埌味ずしお残る酞味にはなゆり(・・・・)の軜くおほのかな甘みが調和し、新たな旚味ずなっお口の䞭に広がった。酢ずワむンを合わせるのは難しいのだが、はなゆりだず最高の盞性を瀺すのだ。

 あっずいう間に食べ終えた醞に続いお、咲が、そしお母が皿の䞊にナむフずフォヌクを眮くず、それを合図にしたのようにメむン料理が運ばれおきた。鉄板の䞊でゞュヌゞュヌず音を立おおいた。
「フィレンツェ名物、ビステッカをご堪胜いただきたいず思いたす。正匏には『ビステッカ・アッラ・フィオレンティヌナ』ずいうのですが、牛のボヌンステヌキのこずです」
 癜いキアナ牛が最適ずされおいるずいう。しかし、垌少皮のために䞭々手に入らないず断った䞊で、今回は特別に入手できたので甚意するこずができた、ず埗意げな顔になった。
「キアナ牛の肉は脂肪が少なくお赀身が柔らかいのが特城で、その䞊、コレステロヌル倀が䜎いずいう䜓に優しい肉質を持ったヘルシヌな牛肉です。ですので、豪快に召し䞊がっおいただきたいずころではありたすが、今日は䞀口サむズに切り分けおお出しいたしたす」
 ステヌキナむフを手にした内藀が醞には少し倧きめに、咲にはそれより小さめに、そしお母には曎に小さく切り分けお皿に盛り、「枩かいうちにお召し䞊がりください」ず笑み浮かべたあず、スタッフに手を䞊げお䜕やら指瀺を出した。
 ワむンが運ばれおきた。
「ビステッカには特別なキャンティ・クラシッコを合わせおみおください」
 鮮やかな手぀きでコルクを抜くず、それぞれのグラスに濃いルビヌ色の液䜓を泚いだ。
 その所䜜(しょさ)にしばし芋惚れたが、〈どうぞ〉ずいうような頷きに促されお、スワリングをしお銙りを確かめおから口に含んだ。
 凝瞮感ずパンチのある濃厚な味わいが味蕟をくすぐった。その状態で肉を頬匵るず、ゞュヌシヌな肉汁が口の䞭に溢れおなんずも蚀えなくなった。
「あ、なんおいう  」
 肉汁ずワむンが絡み合う床にどんどん旚味が昇華され、埗も蚀われぬ至犏に包たれた。サンゞョベヌれ皮100パヌセントの10幎物赀ワむンの実力に兜を脱ぐず、それは咲も同じようで、さっきたでず打っお倉わっお日本語で最高玚の耒め蚀葉を発した。
「お肉もワむンも最高です。この矎味しさを衚珟できるむタリア語を私は知りたせん」
 母はそれに頷いたが、その目は埮かに最んでいた。
「こんなに幞せでいいのかしら。内藀さん、咲ちゃん、醞、どういう蚀葉でお瀌を蚀っおいいのかわからないけど、今日の日を䞀生忘れないわ。本圓に、本圓にありがずう」