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その翌日、醸は咲を連れて〈ないしょ〉を訪問し、はなゆりを紹介した。
「信じられない……」
内藤庄次は空になったグラスを持ったまま、その味に酔いしれているようだった。予想以上の飲みやすさとフルーティーな味に感動さえしているようだったが、それだけではなく、願いを叶えてくれたことに対する深い謝意から来ているようにも思えた。
「まさか、5年前のことを覚えていただいていたなんて……」
潤んだ瞳が微かに揺れて、今にも感動の雫が零れ落ちそうだった。それでも、なんとかそれを堪えたようで、「ありがとうございます。本当にありがとうございます」と絞り出すように声を発した。
内藤が経営するカジュアルレストランは、この5年間に店舗数が倍増して70を数えるまでになっていた。更に、関東圏外への展開を目指して仙台と名古屋への出店を準備していたが、100店舗を目指すためには新たな目玉が必要になると探し求めていた。その最中にはなゆりが現れたのだ。彼にとってこれは奇跡と呼んでもいいほどのことだったに違いない。
「夢みたいです」
やっと笑みが戻った彼に咲が名前を告げると、「はなゆりですか。この香り、この味にぴったりの素晴らしいネーミングですね」と言った途端、「そうだ」と何かを思いついたように手を打った。そして、「このお酒に合わせる料理が完成したらご連絡しますので、是非食べに来てください。お母様もご一緒に」と意味ありげに笑った。
*
1か月後、新しい料理が完成したという電話があり、醸は母と咲を連れて店に向かった。
「お待ちしておりました」
内藤が満面の笑みを浮かべて迎えてくれた。
「本日はコース料理をご用意いたしました。こちらがメニューになります」
二つ折になった和紙製のメニューを開いて、母の前に置いた。すると、「まあ~」と目と口が大きく開いた。
「私の名前……」
そこには、『華百合コース』と書かれていた。
「咲ちゃん……」
横に座っている彼女の手を握った。
「お酒だけでなく、お料理にも私の名前が……、なんて幸せなこと……」
今にも泣きだしそうな顔になったので、醸は敢えて話題を変えた。
「ところで、今日はお客さんがいないですね」
店内は閑散としていた。
「いつもは空席を探すのが大変なくらいお客さんが入っているのに」
すると、内藤は頷きを返してから、「今日は貸し切りにしました。お客様は皆様だけです」と事も無げに言った。
「えっ!」
3人が同時に大きな声を出したので彼は少しのけ反ったが、すぐに笑みが戻り、「無理なお願いを聞き届けていただいた華村様への心からの感謝の会ですから。それに、華百合コースのお披露目会ですので」と貸し切りにするのは当たり前というように頷いた。すると、それを合図にしたかのようにホールスタッフがはなむらさきを運んできた。
「心から感謝を込めて」
彼の発声でグラスを合わせると、爽やかな香りと味わいが、鼻を、口を、心を満たしていった。
その翌日、醸は咲を連れて〈ないしょ〉を訪問し、はなゆりを紹介した。
「信じられない……」
内藤庄次は空になったグラスを持ったまま、その味に酔いしれているようだった。予想以上の飲みやすさとフルーティーな味に感動さえしているようだったが、それだけではなく、願いを叶えてくれたことに対する深い謝意から来ているようにも思えた。
「まさか、5年前のことを覚えていただいていたなんて……」
潤んだ瞳が微かに揺れて、今にも感動の雫が零れ落ちそうだった。それでも、なんとかそれを堪えたようで、「ありがとうございます。本当にありがとうございます」と絞り出すように声を発した。
内藤が経営するカジュアルレストランは、この5年間に店舗数が倍増して70を数えるまでになっていた。更に、関東圏外への展開を目指して仙台と名古屋への出店を準備していたが、100店舗を目指すためには新たな目玉が必要になると探し求めていた。その最中にはなゆりが現れたのだ。彼にとってこれは奇跡と呼んでもいいほどのことだったに違いない。
「夢みたいです」
やっと笑みが戻った彼に咲が名前を告げると、「はなゆりですか。この香り、この味にぴったりの素晴らしいネーミングですね」と言った途端、「そうだ」と何かを思いついたように手を打った。そして、「このお酒に合わせる料理が完成したらご連絡しますので、是非食べに来てください。お母様もご一緒に」と意味ありげに笑った。
*
1か月後、新しい料理が完成したという電話があり、醸は母と咲を連れて店に向かった。
「お待ちしておりました」
内藤が満面の笑みを浮かべて迎えてくれた。
「本日はコース料理をご用意いたしました。こちらがメニューになります」
二つ折になった和紙製のメニューを開いて、母の前に置いた。すると、「まあ~」と目と口が大きく開いた。
「私の名前……」
そこには、『華百合コース』と書かれていた。
「咲ちゃん……」
横に座っている彼女の手を握った。
「お酒だけでなく、お料理にも私の名前が……、なんて幸せなこと……」
今にも泣きだしそうな顔になったので、醸は敢えて話題を変えた。
「ところで、今日はお客さんがいないですね」
店内は閑散としていた。
「いつもは空席を探すのが大変なくらいお客さんが入っているのに」
すると、内藤は頷きを返してから、「今日は貸し切りにしました。お客様は皆様だけです」と事も無げに言った。
「えっ!」
3人が同時に大きな声を出したので彼は少しのけ反ったが、すぐに笑みが戻り、「無理なお願いを聞き届けていただいた華村様への心からの感謝の会ですから。それに、華百合コースのお披露目会ですので」と貸し切りにするのは当たり前というように頷いた。すると、それを合図にしたかのようにホールスタッフがはなむらさきを運んできた。
「心から感謝を込めて」
彼の発声でグラスを合わせると、爽やかな香りと味わいが、鼻を、口を、心を満たしていった。



