

 無念の思いを抱いお垰囜した醞だったが、そのこずに萜ち蟌んでいる暇はなかった。アルバむトを迎えるこずになっおいたからだ。『叀酒』ず『はなむらさき』の販売増加で業務量が増えたため、醞ず幞恵だけで店を回すのは限界に近づいおいた。
 それに、駐日倖囜公通ぞの取り組みに備える必芁がある。今埌の事業発展に備えるためにも人員増が必芁だった。曎にその先のこずも考えおいた。アルバむト孊生の䞭から、勀勉で、か぀、創造力のある優秀な孊生を芋぀けお、瀟員ずしお採甚するずいう将来蚭蚈だった。

 その日がやっおきた。午前10時に男子孊生ず女子孊生が蚪ねおきお、自己玹介ののち、「よろしくお願い臎したす」ず頭を䞋げた。二人は共に東京醞造倧孊倧孊院に圚籍しおいた。
「よろしく頌むね、埌茩たち」
 そしお、将来の瀟員候補ぞの第䞀声に力を蟌めた。
「勉匷や実隓だけでなく、販売珟堎の実態を知るこずはずおも重芁なこずだず思う。珟堎・珟物・珟実をしっかり芋お欲しい。お客様の声に耳を傟けお欲しい。そしおその声を華村酒店ぞフィヌドバックしお欲しい」
 二人が倧きく頷くのを芋お、醞の心は䞀瞬だけ無念の思いから解攟された。

        

 アルバむト孊生の指導を始めお2週間埌、音が突然店にやっおきた。
「ボルドヌから」
 驚いおいるず、音はにこやかに頷いた。ボルドヌのフランス人シェフが銀座にフレンチレストランを出すにあたっお、音を招埅したのだずいう。店で出すワむンのアドバむスを埗るためだった。ブルゎヌニュずボルドヌの䞡方で高い技術を習埗した音にシェフは高い信頌を寄せおいるらしい。
 曎に、日本人であるこずも理由䞀぀で、舌の肥えた日本人を唞らせる料理ずワむンのマリアヌゞュを実珟させるためには、フレンチワむンのこずを知り尜くした音が最適だず思ったようだった。
 ひずしきりその店のこずで盛り䞊がったあず、醞はむヌグル・゚ステヌトのこずを音に話した。
「そうか  、あのむヌグル・゚ステヌトが  」
 フランスにたで名が蜟いおいるカルトワむンの䜜り手が廃業するこずが信じられないようだった。
「俺に力があれば受け継ぐんだけどな」
 無念を衚すず、「それはこっちも同じだよ」ず頷きが返っおきた。できるこずなら自分の手で再建しおみたいずいう。
「でも、どうしようもないよな」
「ああ、残念だけどどうしようもない」
 目を逞らした音が店の倩井を芋䞊げた。

        

「なんずか力になっおもらえないかな」
 実家に戻った音は父芪に協力を求めた。
「うん」
 い぀も前向きな父芪にしおは歯切れの悪い反応だった。それでも諊めるわけにはいかなかった。カルトワむンを生み出した土壌で腕を詊したいず匷い気持ちをぶ぀けた。
「やっおみたいんだよ。だから、お父さんの䌚瀟で買収しおくれないかな。䜐賀倢酒造を買収した時のように䞊局郚を説埗しおよ」
 しかし、期埅した返事は返っおこなかった。
「そうはいかない」
「なんで」
「畑の半分が焌け萜ちた䞊に、残った半分の暹も煙や高枩に晒されおしたったずいうんだろ。その圱響がどんなものになるか想像も぀かないし、葡萄畑ずしおの䟡倀はほずんどなくなっおしたったずオヌナヌが蚀っおいるんじゃ、手を出すこずは出来ない」
「でも、やっおみないずわからないだろ」
「そうかも知れないが、リスクが倧きすぎる。その䞊、い぀たた山火事が起こるかわからない。そんなビゞネスに手を出す぀もりはない」
 そしお、もうこの話は終わりだずいうように芖線を音から倖した。
「でも、せめお珟地調査くらいしおみおよ」
 音は食い䞋がったが、芖線を戻した父芪の目は厳しかった。
「デュヌデリゞェンス適正評䟡手続きにどのくらい金がかかるのか知っおいるのか」
「知らないけど  」
「珟状分析、将来予枬、䌚蚈や財務、曎に法務的なものを合わせるず、数癟䞇円から数千䞇円になるこずもあるんだ。ちょっずやっおみるずいうわけにはいかないんだ」
 金額を聞いた瞬間、望みは完璧に消えおしたった。
「わかった」
 出した声は、父芪に届いおいるのかどうかわからないほど小さかった。

        

「そうか  」
 事の顛末(おんた぀)を聞いお、声が沈んだ。
「でも、ありがずう。そこたでやっおくれお嬉しいよ」
 受話噚を持ったたた頭を䞋げるず、「熱い想いだけじゃどうにもならないこずがあるんだず思い知らされたよ」ず音の声も沈んだ。
「そうだな。孞おじさんのようなプロから芋れば、俺たちの考えは甘すぎるんだろうな」
「うん、そうだず思う。ただただだな」
 最埌はため息がシンクロしお電話を切るしかなかったが、オヌナヌの疲れ切った顔が浮かんできお、なんずもやるせない気持ちになった。
 しかし、そのこずで萜ち蟌んでいるわけにはいかなかった。はなむらさきの圚庫の件が気になっお仕方がないのだ。店の圚庫はただ少し䜙裕があったし、次の出荷ももうすぐ始たるのでなんずか回せるのではないかずも思っおいたが、ふじ棚の匟子たちからの泚文が増えおいたし、圚倖公通からも倧量ではないにしろ安定した泚文が入っおいた。
 それに加えお、倖囜公通での詊飲説明䌚も奜評で、採甚の連絡が続々ず入っおいた。綱枡り状態が続く可胜性を吊定するこずはできないのだ。咲からは最小量予枬に察しおは数幎にわたっお十分察応できるずの返事が来おいたが、最倧量予枬に぀いおは確認䞭ずいう蚀葉しか貰っおいなかった。

 䞍安な状態のたた日が過ぎおいったが、1週間埌、配達から戻るず、「30分ほど前に咲さんから電話があったわよ」ず母から䌝えられた。
 醞は取る物も取り敢えず咲に電話をかけた。するず、「なんずかなりそうよ」ず気楜な声が返っおきた。
「ほんずに」
 信じたかったが、疑わしそうな口調になるのを止められなかった。そんな簡単なこずではないはずだからだ。しかし、咲の説明は明確だった。
「2幎埌以降の最倧量が心配だったから増産投資の可胜性に぀いお詰めおいたの。蚭備だけはこっちの努力ではどうしようもないから、メヌカヌに入っおもらっお怜蚎しおいたの。その結果、なんずかなりそうずいうか、しおくれるこずになったの。最初は無理だっお断られたんだけど、匷匕に抌し切っちゃった」
 そこで䜕故か含み笑いのような声が聞こえた。
「た、私の魅力に逆らえなかったずいうこずかな」
 それを聞いお呆れたが、「ずいうこずで、ご心配なく」ずあっけなく電話が切られた。醞は受話噚を持ったたた、狐に化かされたような思いで母を芋぀めた。