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 最低量と最大量の試算を伝えて返事を待っていた時、夜のニュースで信じられない光景が映し出された。
 画面が真っ赤に染まっていた。燃えていた。山が、丘が、建物が、すべて燃えていた。一面火の海だった。場所はカリフォルニアのナパ・ヴァレーだった。
 イーグル・エステートは?
 急いで電話をかけたが、繋がらなかった。
 彼らは大丈夫だろうか? 葡萄畑は被害を受けていないだろうか? 
 安否が気になって仕方なかったが、何もできなかった。遠く離れた日本では無事を祈ることしかできないのだ。

 次の日のニュースがナパ・ヴァレーの多くの葡萄畑に被害が出ていると報じた。それですぐに電話をしたが、やはり繋がらなかった。
 もうじっとしていることができなかった。急いで航空会社へ電話をかけると、幸運にも翌日のフライトが取れた。

「行ってくる」
「用意はできています」
 幸恵は着替えなどが入った大きなバッグを準備していた。
「ありがとう」
「気をつけて」
 醸はアメリカに向けて飛び立ったが、機内でじっとしているのがもどかしかった。この間にも火は燃え広がっているかもしれないのだ。しかし、どうすることもできない。苛立ちが脱力感に変わるのに時間はかからなかった。
 無事でいてくれ、
 両手の指を組んで、ただひたすら祈り続けるしかなかった。

        *

 なんだ、これは!
 サンフランシスコ空港からタクシーを急がせ、ナパ・ヴァレーに入った時だった。一面の焼け野原が目に入った。火は消えていたが、遠くに見える山の方では焼け跡が(くすぶ)っていた。
「運転手さん、急いで!」
 気が気ではなかった。

 州道を右折して農道に入ると、ほとんどの葡萄の樹が燃え落ちていた。醸は目を凝らせた。凝らし続けた。

 私道に入った時だった、タクシーのフロントガラス越しに何かが見えた。
 建物が、あった。見慣れた建物、それは幸恵と二人で生活した場所だった。2階建ての道具小屋。そして、その奥にオーナー夫妻の住居とワイン工場が見えた。
 良かった、大丈夫だ。
 建物の裏手にある葡萄畑の状況はわからないが、少なくともご夫妻は大丈夫のようだ。安心した途端、力が抜けて、後部座席から滑り落ちそうになった。

 タクシーが止まった。車を降りてドアをノックすると、疲れた顔の男性が現れた。
 オーナーだった。
「ジョー!」
 いきなり抱きついてきた。
「ジョー!」
 叫ぶように泣いた。それが続くと、見かねたのか、後ろに立つ奥さんが「中に入ってもらったら?」とオーナーの肩に手をかけた。
 顔を上げたオーナーの目は真っ赤になっていた。それは、今回の傷の深さを物語っているようだった。