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 翌日の朝、咲が運転する車で呼子の朝市に出かけた。100年間続いていると言われる名物市で、玄界灘の新鮮な魚介類を女衆が声をかけながら売っていた。
「元旦以外は毎日開いているのよ」
 咲の説明に、橋渡は〈へ~〉というように声を出さずに口を開けたが、「呼子の台所だから閉めるわけにはいかないのよ」と言われて、納得したようだった。
 二人の様子を目に止めながら歩き出した醸の視線が一点で止まった。パイプ椅子に座る小柄なおばちゃんだった。左手には殻付きのウニがあり、右手は爪楊枝を持っていた。なおも見ていると、気づいたおばちゃんが爪楊枝にウニを一切れ刺して渡してくれた。
「とろけた。それに、甘い」
 今までにない食感だった。メチャうまかった。さっそく殻つきを二つ買って、二人に渡すと、咲はすぐに恵比寿さんのような顔になった。橋渡はちょっと躊躇ったが、「あとで払いますね」と言ってから口に入れた。
「こんなに甘いのは初めてです」
 なんとも言えないという表情になって残りを一気に食べてしまうと、お土産用にと言っていくつか購入した。
 それからあともイカの一夜干しや魚の干物などを買い込んで、1時間後には3人とも手に持つ袋がいっぱいになった。
 それを車に積み込むと、海に視線を向けた咲がピンク色の船を指差した。半潜水型の海中遊覧船で、両側に窓があり、海の中が覗けるようになっているのだという。
 乗り込んで窓の前に座ると、目の前をいろんな魚が泳ぎ回っていた。熱帯にいるようなカラフルな魚は泳いでいなかったが、それでも、次々にやってくる魚たちに目を奪われた。40分間の航行中、窓に顔を付けっ放しになって子供のようにはしゃいだ。
 しかし、下船すると現実に引き戻された。楽しい時間は終わりに近づいていた。夕方の飛行機に乗るためにはそろそろ出発しないといけないのだ。後ろ髪をひかれながらも、咲の車に乗り込むしかなかった。