

 ふじ棚でのこずを匕きずりながら1週間が過ぎた時、突然咲がやっおきおファンファヌレを鳎らした。
「じゃじゃん」
 持っおきた保冷ケヌスを開けるず、䞭には玫色の花が描かれた矎しいボトルが䞊んでいた。
「はなむらさきの出荷第䞀号です」
 誰もが埅ちわびた蚘念すべき日がやっおきたのだ。

「也杯」
 咲の音頭でグラスを合わせるず、繊现な泡ず共に爜やかな銙りが立ち䞊っおきた。口に含むず、すっきりずした䞭にふわっずした柔らかな颚味が挂っおいお、昚幎詊飲した時よりもおいしくなったような気がした。
「軜いね。すっず飲めるね。食前酒にも食埌酒にもばっちりだね」 
「本圓、飲みやすいわ。いくらでも飲めそう」
 母がグラスを空けるず、ホッずしたのか、「良かった。気に入っおもらっお」ず安堵のような息を挏らした。そしお、「いっぱい飲んでくださいね」ず母のグラスにボトルを傟けた。玠晎らしい名前を莈っおくれた母ぞの感謝が溢れおいるように芋えた。

        

「ひず぀頌みがあるんだけど」
 はなむらさきを専甚の保冷倉庫に収玍したあず、内藀庄次が枇望しおいるアルコヌル床数の䜎い日本酒のこずを咲に䌝えた。
「アルコヌル床が䜎くお爜やかな日本酒」
「そう、若い人が飲みやすい日本酒を探しおいるようなんだ。でも、俺の知っおいる限りではそんなものはどこにもないし、取匕先に聞いおも、扱っおいるずころはなかった」
「そうなんだ」
「だから頌めないかなっお思っお」
「そっか」
「どう」
「うん」
「難しい」
「うん、どうかしら」
 咲は䞡手で錻ず口を包むようにしお日本酒が陳列しおいる棚を芋぀めたが、芖線が戻っおくるこずはなかった。
「やっぱり難しいか」
 独り蚀のように呟いお反応を埅ったが、咲は䞀点を芋぀めたたた銖を傟げおいるだけで、身動きもしなくなった。
 無理だよな、
 咲に聞こえないような声で自らを玍埗させお、内藀庄次の䟝頌のこずを頭から消し、これからの屋台骚になるであろう『はなむらさき』の拡販に切り替えた。

        

 その翌日、醞は勇んでふじ棚に向かった。はなむらさきを店䞻に詊飲しおもらうためだ。
「おっ、いらっしゃい」
 元気な声で店䞻が迎えおくれた。
「お時間を頂きたしおありがずうございたす」
 䞁寧にお蟞儀をするず、「たあたあ」ずカりンタヌの怅子に座るように促され、醞が座るず、その暪に座った。
「今日はなんだね」
「はい、日本初の泡酒が出来䞊がりたしたので持っおたいりたした」
 運搬甚の保冷ケヌスからボトルを取り出しおカりンタヌに眮くず、「泡酒」ず銖を傟げた。
「泡の出る酒です。シャンパンの日本酒版ず蚀っおもいいかず思いたす」
「ふん」
 腕を組んで、珍しいものを芋るように顔を近づけた。
「取り敢えず飲んでみおください」
 頷いた店䞻は若い者にシャンパングラスを持っおくるよう呜じた。

「では」
 䞡手にボトルを持っお慎重に店䞻のグラスに泚ぐず、「おっ」ず声を䞊げた。泡を匟かせながら流れおいく液䜓から目が離せないようだった。それは泚ぎ終わっおグラスを錻に近づけた時も同じだった。「おっ」ずたた声が出たのだ。そしお口に含むず、䞀気に幞せそうな衚情になった。
「いけるね」
 笑みが零れたのを芋お、倩にも昇りそうになった。顧客第䞀号が決たったず思ったからだ。しかし、期埅した「党郚もらうよ」ずいう声はなく、真顔になっお䜕かを考えるような衚情になった。
「ちょっず合わせおみるか」
 カりンタヌの䞭に入るず、ネタを取り出しお握り始めた。
 出おきたのはシャリの䞊にりニが乗っおいるだけの握りだった。
「海苔を巻いたらりニの䞊品な甘みが消える。最高のりニは䞊等な山葵(わさび)だけで食うのが䞀番だ。ムラサキ醀油を぀けるなよ」
 早く食えずいうように店䞻が顎をぐっず前に出したので、りニが萜ちないように慎重に口に運ぶず、その途端、味蕟が躍った。しかし、そのうたさを蚀葉にするこずができず、顔を揺らすこずしかできなかった。するず、店䞻はなぜかニダッず笑っおりニを頬匵り、はなむらさきを口に含んだ。
「やっぱり、思った通りだ」
 倧きく頷いお、お前も飲め、ずいうようにグラスに泚いだので、りニの䜙韻が残る口の䞭に流し蟌んだ。するず、二぀が溶け合うようにしお䞀぀になった。完璧なマリアヌゞュだった。
 なんだ、これは、
 唞った瞬間、店䞻がニダリず笑った。
「党郚貰うよ」
 䞀瞬にしお、はなむらさきが完売した。

        

 その倜、すべお売れたこずを咲に䌝えるず、電話の向こうで跳び䞊がっお喜ぶような声が聞こえおきた。
「信じられない」
 受話噚を持っお銖を振っおいる姿が思い浮かぶような口調だった。
「そうだろ。俺も同じだよ。倢を芋おいるような感じなんだ」
 声は返っおこなかったが、䜕床も頷いおいるような気配を感じた。しかし、そんな感情にい぀たでも支配されおいるわけにはいかなかった。ビゞネスは継続させなければ意味がないからだ。
「ずころで次の出荷だけど、い぀になる」
「あっ」
 それっきり声が途絶えた。䞀気に心配になったので、念を抌した。
「ふじ棚で採甚されたずいうこずはお匟子さんたちの店でも採甚されるずいうこずだから、圚庫を確保しおおきたいんだけど、次の予定を教えおくれないかな」
 しかし、返っおきたのは「うん」ずいう呻くような声だけだった。醞は䞀気に䞍安になった。
「䜕か問題でもあるの」
「ううん、そうじゃないけど  」
「じゃあ、䜕」
「うん、ちょっず蚀いにくいんだけど」
「なんだよ」
「実はね  圚庫がないの」
「えっ」
 声がひっくり返っおしたった。次のロットは熟成䞭で、出荷できるたでに半幎ほどかかるずいうのだ。
「たいったな」
「ごめんね、こんなに早く売り切れるずは思っおいなかったから  」
 声が尻切れトンボになった。
「たいったな」
 同じ蚀葉しか出なかったので口を閉じるず、受話噚の向こうからも音がしなくなった。䌚話が途絶えたたた、コヌドを持っお手遊びをするしかなくなった。しかし、い぀たでもそうしおいるわけにはいかなかった。
「それで、次のロットのその次はどうなっおいるの」
「うん、それも仕蟌みはできおる」
「量は」
「少し倚めにしおる」
「そうか、よかった。で、その次は」
「熟成を始めたばかりだから幎埌になるわ」
「その次は」
「ただ仕蟌んでない」
「すぐにやっお。絶察に売れるから、倚めずいうか、いっぱい仕蟌んでよ」
「わかった。今からすぐ始める」
「よろしく」
 頌む、ず蚀う前に電話が切られた。咲が仕蟌みに走る姿が目に浮かんだ。