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「養子になるなんて許さん!」
 父親の声は怒気をはらんでいた。
「崇、本気じゃないわよね?」
 母親の顔が崩れると、「無理矢理見合いさせるから、こんなことになるんだ!」と怒りが母親に向かった。
「そんなことを言ったって、あなたも喜んでいたじゃないの」
 涙声になったが、父親の怒りが収まる様子はなかった。
「絶対に許さん!」と何度も吐き捨てるように言って腕を組み、目を瞑り、口をへの字にして強固な意思を顔面に表した。
 気まずい雰囲気の中、崇は顔を上げられなくなった。上げられるわけがなかった。これほどまでに強固に反対されるとは思っていなかったから平静でいられるわけがなかった。長男を特別視する父親にとって自分はどうでもいい存在だと思っていたから、二つ返事で許しが出ると信じて疑わなかった。でも、そうではなかった。

「この話はもう終わりだ」
 長い沈黙のあと、父親が終止符を打って立ち上がった。横を見ると、母親はうつむいているだけで何も言おうとはしなかった。
 終わったと思った。華村酒店を継ぐ夢は消えたと思った。一徹の顔も脳裏から消えてなくなった。しかし、それまで無言で腕組みをしていた兄が静かに口を開いた。
「好きなようにやらしてやれよ。俺がいるんだから家系が途絶えるわけじゃあるまいし。それに崇が養子に行ったら華村家も存続できる。めでたいことじゃないの」
 その瞬間、父親は長男を睨みつけた。
「バカなことを言うんじゃない」
 一括したが、長男は怯まなかった。
「自分の人生は自分で決めたらいい。家がどうとか、親がどうとか、そんなことを気にする必要はない」
 しかし、父親が引くことはなかった。
「子供の人生はワシが決める。親の言うことに従ってもらう。勝手なことはさせない」
 抑えた声だったが、そこに怒りがにじんでいるのは隠しようがなかった。
「それなら、」
 長男が立ち上がった。
「俺は家を出ていく。家は継がない。親の面倒も見ない」
 長男だから我慢していたが、それも今日限りだと、絶縁状を叩きつけた。
「いや、ちょっと待て」
 父親が及び腰になった。一回り大きい長男の剣幕にたじろいでいるように見えた。
「待たない。今すぐ出ていく」
 歩き出そうとしたが、母親が腕を取って止めた。何か言おうとしたが、唇が震えていて、声は出てこなかった。
 わかっている、というふうに頷いた長男は再び椅子に腰を下ろして、父親に目を向けた。
「崇を許してやるか、それとも、俺が家を出ていくか、」
 そこで口を閉じた。
 またも沈黙が支配した。それは闇のような深さで四人を包み込んだ。柱時計の振り子の音が時を刻む中、崇は息を詰めて見守るしかなかった。

「好きにしろ」
 諦めたような声が父親の口から漏れた。隠居間近の父親に抵抗する術はなかった。長男に継いでもらうしか選択肢はないのだ。
 急に小さくなったような父親の背中が部屋から消えると、母親が後を追った。
「ありがとう」
 崇が長男に頭を下げた。
「良かったな」
 長男の顔に笑みがこぼれた。