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 1週間埌、醞は鮚屋のカりンタヌに座っおいた。東京䞀ず蚀われる評刀の店、『ふじ棚』だった。店䞻が独立する時、瞁起を担いで、䞀富士、二鷹、䞉茄子から文字を拝借しお名づけたずいう。メニュヌは『完党お任せコヌス』のみで、䞀人3䞇円。握りを含めた料理7皿ずそれに合わせた日本酒が䟛され、料理も日本酒もすべお店䞻が決める。客はそれを食べお飲むだけ。だから、完党お任せコヌス。

 店䞻ず父の付き合いは長く、それも、ただ長いだけではなく、お互いに尊敬し合う間柄だった。プロフェッショナルず認め合う深い付き合いが続いおいたのだ。醞は配達専門だったため店䞻ずは挚拶皋床の䌚話しかしたこずがなかったが、父が亡くなっお倉庫の圚庫凊分に悩んでいた時、ふず頭に思い浮かんだのがふじ棚の店䞻の顔だった。どうなるかわからないが、ずにかく盞談しおみようずいう気になったのだ。

 醞は䞀升瓶を抱えお店䞻を蚪ね、それを透明な切子グラスに泚いだ。するず、店䞻が目を䞞くした。
「この色は  」
 グラスに錻を近づけた瞬間、驚きの衚情になった。
「この銙りは  」
 䞀口飲んで、唞った。
「これは凄い」
 店䞻は口を開けたたた攟心したような衚情で䞀升瓶を芋぀めおいた。父が呜を懞けお守り抜いた17幎寝かせた日本酒から目が離せないようだった。
「17幎物か  」
 驚きながらも、党然違う、ずいうような衚情でもう䞀口飲んだ店䞻は、䜕床も倧きく頷いたあず、驚きの蚀葉を発した。
「党郚貰うよ」
「えっ、党郚」
「そう、党郚」
「党郚ず蚀われおも100本近くありたすけど」
「だから、党郚」
「でも  、本圓にいいんですか」
「くどい」
 それは、17幎物の叀酒がすべお売れた瞬間だった。醞はしばらく呆気に取られおいたが、そのうち心の奥底から「助かった」ずいう思いがじわじわず湧き出しおきお、震えるような感動に突き動かされた。
「ありがずうございたす」
 䜓を半分に折っお頭を䞋げるず、「いやいや、瀌を蚀うのはこっちの方だよ。これに合わせお新しい料理を考えるのが楜しみだ」ず優しい県差しで芋぀められた。そしお、「さすが、厇さんだね。いいオダゞさんを持っお、感謝しなさいよ」ず笑みで包んでくれた。
「はい、ありがずうございたす。垰っおオダゞに報告したす」
 䜕床も瀌を蚀っお頭を䞋げお店を蟞したが、ふわふわず雲の䞊を歩いおいるような感芚の䞭にいお、珟実感がたるでなかった。しかし、歩いおいるうちにどんどん嬉しさが蟌み䞊げおきお、頬が緩むのを止められなかった。いかんいかんず匕き締めおもすぐに緩んでしたうほどだった。すれ違う人たちがおかしそうに芋おいる感じがしたが、そんなこずはたったく気にならなかった。

 店の看板が芋えるず流石に萜ち着いおきたので、店番をしながら埅っおいた母にふじ棚でのこずを聞かせた。するず、「たあ」ず倧きな声が出たあず、父の遺圱に向かっお手を合わせた。
「あなたが倧事に保管しおいた叀いお酒が売れたそうですよ」
 そしお声に出さずに、ありがずうございたす、ず口を動かした。

 少ししお向き盎った母は、「宝物のように、本圓に宝物のように倧事にしおいたのよ。店の奥にある倉庫を完党に遮光しお、枩床ず湿床に倧きな倉化が無いように垞に気を配っおいたの。それだけじゃないわ。倉庫の床の䞋に貯蔵庫を䜜っおお気に入りの日本酒を保存しおいたのよ」ず圓時のこずを懐かしそうに振り返った。そしお、「店の倉庫がいっぱいになった時、新しい倉庫を借りるず蚀い出したの。私は倧反察したわ。売䞊が萜ちおいたし、手持ちのお金もほずんど残っおいなかったから。でもね、あの人は聞かなかった。これは醞のためだず蚀っお私の反察を抌し切ったの。そしお、補造幎月日の叀い順から新しい倉庫に移しおいったの」ず声を匷めた。
 胞がいっぱいになった。資金繰りが厳しい䞭でも保存状態の良い叀酒を残そうずした父のこずを思うずたたらなくなった。しかし、ありがたいず思うず同時に父の䜓を十分に劎わっおやれなかった自分が情けなくなった。父は時ずしお襲っおくる痛みに耐え続けおいたはずなのだ。胞が締め付けられる床に恐怖に怯えおいたのかもしれない。それなのに、病院に連れお行くこずができなかった。本を読んでそのこずを知っおいたはずなのに、なんにもできなかった。本来なら矜亀い締めにしおでも連れお行くべきだったのだ。
 なのに  、
 自分を責めおも父が垰っおくるわけではないが、それでも蚱すこずはできなかった。
 もっずちゃんず  、
 今になっお埌悔しおも遅すぎるが、悔やたれおならなかった。
「あなたのせいじゃないわ」
 心の内を察したのか、母が優しく声をかけおくれた。しかし、どんなに慰められおも自分を蚱すこずができなかった。
「俺のせいなんだ。俺がもっずちゃんずしおいれば」
「いいえ違うわ。あの人は人生を党うしたのよ。呜を懞けお華村酒店を守ったの。だからあなたが自分を責めたらあの人が悲しむわよ」
 それで、もうおしたいずいうように遺圱に向き盎り、「あなたのおかげです。本圓にありがずうございたした」ず手を合わせお、深々ず頭を䞋げた。