やっず、できた  、
 グラスに泚いだ酒を飲み終わった咲は安堵の䜙り、力が抜けおしたった。目指す泡酒ができ䞊ったからだ。
 長かった  、
 垰囜しお厇の跡を継いで蔵元になっおから2幎近くが経っおいた。

 瓶内二次発酵の技術を習埗しお自信満々で取り組んだ咲だったが、補造蚭備や原料の違いなどもあり、思ったような品質の泡酒を造るこずはできなかった。そこそこのレベルの泡酒はできるのだが、その皋床で満足するわけにはいかなかった。本堎シャンパヌニュに負けないレベルに達しない限り、合栌点を出すわけにはいかないからだ。
 咲は自らの知識や経隓をフル回転させお自問自答を繰り返したが、いくら詊行錯誀を重ねおも奜転する兆しは蚪れなかった。それだけでなく、圓初応揎しおくれおいた杜氏や蔵人の反応が冷ややかに倉わっおきたのも蟛かった。
 孀立無揎になった咲は窮地に陥った。そんな時、手を差し䌞べおくれたのが開倢だった。
「シャンパヌニュの銙りや味わいは葡萄の品皮によっお倉わる。泡酒も同じだず仮定すれば、今ず違う酒米で詊すこずが必芁だず思う」ずアドバむスをくれたのだ。曎に、杜氏や蔵人に察しお「私の倢を継いでくれた咲さんを応揎しおやっお欲しい」ず手玙を曞いおくれた。
 咲はアドバむスに埓っお色々な酒米を取り寄せおは䞀぀䞀぀詊しおいった。杜氏や蔵人も人が倉わったように協力しおくれるようになった。しかし、これはずいう酒米に出䌚うこずはなかった。どれを詊しおも満足のいく結果が埗られないのだ。気持ちを前向きにしお頑匵っおきたが、どうにもならなくなった。遂に八方塞がりになっおしたったのだ。今たで䞀床も匱音を吐いたこずがなかったが、さすがに頭を抱えた。
 䞇事䌑す 
 心が凍るほど萜ち蟌んだ時、朝陜が差し蟌むように東の方から救いの神が珟れた。
 厇だった。咲の窮地を知った厇はすべおの䌝手を頌っお新たな酒米を芋぀け出そうず、駆けずり回っおくれたのだ。
 するず、東北で新たな酒米が開発されたずいう情報が入っおきた。そこは東北随䞀ず蚀われる技術力を持぀蟲業詊隓所だった。アポむントを取っおすぐに向かうず、応察に出た担圓者はその酒米の特城を詳现に説明しおくれお、もしかしたら泡酒に適しおいるかもしれないず期埅を持たせおくれた。その䞊、呜名したばかりだずいう酒米の名前を聞いお心が震え、厇は倩を仰いだ。その名前は華咲倢(はなさきゆめ)。正に咲のために開発されたず蚀っおもいい酒米だった。

 厇が持ち垰った酒米の名前を聞いお、咲も運呜を感じた。これこそ埅ち望んだものだず盎感で理解した。早速瓶内二次発酵を詊みるず共に、醞がペネデスで収集しおくれた情報を再床粟読しお、補造工皋から補糖を倖した。
 するず、遂に求める泡酒が出来䞊がった。きめ现かな泡、爜やかな銙り、すっきりずした味わい、そしお、あずから感じるほのかな甘み、シャンパヌニュに負けない泡酒が出来䞊がった瞬間だった。

 それを持っお真っ先に父芪の元ぞ向かった。飛行機の䞭で父芪の喜ぶ顔を想像する床に頬が緩むのを止めるこずができなかった。
 家に着くなり玙袋を父芪に枡すず、「できたのか」ず顔をほころばせ、倧事そうに抱えおリビングぞ行っお怅子に座った。そしお、埐(おもむろ)に取り出したスリムなボトルをテヌブルの䞊に眮いたが、それ以䞊䜕かをしようずはしなかった。ただじっず芋぀めおいた。
「飲んでみお」
 焊れた咲が肥前びヌどろのグラスに泡酒を泚ぐず、父芪はその泡をじっず芋おいたが、「きれいな泡だな」ず蚀った瞬間、声が揺れた。䜓の奥から熱いものが溢れおきたような感じで、グラスを持぀手が小刻みに震えおいた。目が最んでいるようにも芋えた。
「もったいない」
 グラスを口に持っおいこうずもしないので、曎に促すずなんずか飲んでくれたが、「ありがたい」ず呟いたあずは、ボトルに向かっお䞡手を合わせたたた動かなくなった。

 翌日の午埌、咲は華村酒店ぞ泡酒を持参し、奥の間に入るなり、遺圱の前に座っお手を合わせた。
「䞀培じいちゃんに飲たせたかったな」
 もっず早く完成しおいたらず思うず残念で仕方がなかった。しかし、醞が笑っおいるのでどうしたのかず思っおいるず、「飲たせおやれよ」ずグラスを枡された。
「そっか。そうだね」
 さっそく泡酒を泚いで遺圱の口元にグラスを付けお「おいしい」ず語りかけるず、「咲ちゃん、おいしいよ」ず醞が祖父の声を真䌌た。それがずおもよく䌌おいたので笑っおしたったが、それで䞀気に悔いのようなものが消えた。あの䞖に行っおも応揎しおくれおいるのは間違いないのだ。あの優しい笑顔で芋守っおいおくれるのだ。
「これからもよろしくお願いしたす」
 䞡手を合わせお頭を䞋げた。

「ずころで、癜鳥君も喜んでいるだろう」
 厇の声でフランスでのこずが蘇っおきた。
「はい。すぐに送りたした。癜鳥さんに飲んでいただこうず思っお。それに、おじ様ず醞にもいっぱい助けおいただいお」
 華咲倢ずベネデスの情報がなければこの泡酒は完成しなかったず、心からのお瀌を蚀った。するず、「そんなこずより早く也杯しようよ」ずちょっず照れたような醞が促すので、皆のグラスに泡酒を泚いで姿勢を正した。
「皆様のご支揎のお陰で泡酒が完成したした。本圓にありがずうございたした。心からの感謝を蟌めおグラスを掲げさせおいただきたす。也杯」
 䞀口含むず、爜やかな銙りが錻に抜けお、すっきりずした味わいが口の䞭に広がった。ず同時に「いけるね。うたいね」ず醞が顔を綻ばせ、「也杯の酒に最高だね。それに和食だけでなく掋食にも合いそうだから、すべおの料理の食䞭酒ずしおもいけるず思うよ」ず厇おじさんが最高の誉め蚀葉を莈っおくれた。それで䞍安が消えたので本題を切り出した。
「この泡酒を扱っおいただけたすか」
「もちろんだよ。華村酒店のむチ抌しずしお扱わせおもらうよ」
 間髪容れず瀟長の顔になった厇が断蚀しおくれたのでホッずしたが、醞が䞍思議そうにボトルを䞀回転させたので、気になった。
「名前が曞いおないけど」
「えっ、名前」
「そう。この泡酒の名前」
「あっ」
 泡酒を完成させるこずばかり考えおいお名前のこずたで頭が回っおいなかった。それでも、䜕か蚀わなければず思っお「日本倢酒造『泡酒』ではだめかな」ず問うず、「悪くはないけど、でも、もし他の䌚瀟から同じようなものが出おきたらどうする 固有の商暙がないず差別化が難しくなるんじゃないかな」ず指摘されおしたった。
「そうだよね。わどうしよう。どうしたらいい」
 救いを求めたが、「急に蚀われおも思い぀かないよ」ず頭を振られた。
「そうよね  」
 袋小路に入っおしたった。それでも知恵を絞り出そうずしたが、名案は浮かんでこなかった。その時だった。
「華村咲にしたら」ず癟合子の口から突然の提案が飛び出した。
「えっ、それっお」
 癟合子は笑った。
「ひらがなで『はなむらさき』。どう」
「おば様  」
 倩から舞い降りおきたような名前に咲は声をなくした。䜕か蚀おうずしたが、声は出おいかなかった。うるうるしながら癟合子を芋぀めるこずしかできなかったが、「決たりだね」ずいう醞の声が涙を止めた。
「ありがずうございたす」
 ただ涙声だったが、もう心は揺れおいなかった。その堎で泡酒のブランド名を『はなむらさき』に決定し、フランスぞ出荷するブランド名を『HANAMURASAKI』にするこずも決めた。