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「ヤッター!」
 幸恵が飛び上がって喜んだ。それは子供のような喜びようだった。イーグル・エステートのオーナーに頼んでいたサンフランシスコ果実試験所からの面接通知が届いたのだ。
 その日は夜になっても興奮が収まらなかったが、それには理由があった。あの日、カリフォルニアに行きたいと言った時、幸恵は付いていくと即断してくれたが、自分の夢を諦めたわけではなかった。愛媛ミカンの将来を考えると、バレンシア・オレンジだけでなくカリフォルニア・オレンジの勉強も必要だと瞬時に頭を切り替えていたのだ。だから、葡萄農園で働き始めた時、オーナーにそのことを相談して便宜を図ってもらえないかお願いしていた。それが叶ったのだ。

 その1週間後、面接から帰った幸恵は満面の笑みを浮かべていた。
「合格だって。日本の農業大学を卒業した上にバレンシア・オレンジの農場で研修を受けた経験を凄く評価してくれたの。だからその場で採用って言われたの。肩書は研究助手。それにね、」
 信じられないというふうに顔の前で手を合わせた。
「私の希望を聞いてくれて、二つの仕事ができることになったのよ。当ててみて」
「二つの仕事?」
「そう、二つ」
「う~ん、降参」
 すると、「諦めるのが早いのね」と笑われたが、「一つはカリフォルニア・オレンジで、もう一つは葡萄よ」と正解を教えてくれた。そして、「あなたの夢と私の夢を同時に追いかけられるのよ。凄いでしょ!」と声を弾ませた。
 その瞬間、胸が詰まった。しかし、涙を見せるわけにはいかなかった。横を向いて天井を見上げると、出会ってから今までのことが蘇ってきた。
 バレンシア通いを始めた頃、宇和島の鯛めしだけでなく鳴門の鯛めしまで作ってくれた。二つ返事でカリフォルニアにも付いてきてくれた。その上、今度は葡萄の研究までするという。思い返せば、幸恵はいつでもわたしのことを考えてくれて、自分のことよりわたしのことを優先してくれた。
 しかし、自分は彼女のために何もできていない。世界一の女性に相応しい男になってみせると強く思ってはいるが、なんの結果も出せていない。だから、偉そうなことなんて言えるはずがない。修行を始めたばかりの若造がまだ語ってはいけないことなのだ。口に出せないもどかしさに縛られながら、誓うような視線を向けることしかできなかった。