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 譲は6月の休みを利用してペネデスに向かった。前もって連絡していたCAVAの醸造所を訪問し、ブドウの収穫、圧搾、一次発酵、調合、瓶内二次発酵、熟成、動瓶、澱引き、打栓、ラベル貼付、出荷という一連の流れを教えてもらうためだ。

 日本からの訪問だと事前に伝えていたせいか、フランス語と英語の両方が話せる醸造技術者が説明役として待っていてくれた。そのお陰で、知りたかったことを細部まで訊き出すことができた。

 その詳細を手紙にして咲に送った醸は、翌日、スペイン第二の都市、バルセロナへ向かった。もちろん、サグラダ・ファミリアなどの観光スポットが目的ではない。この地の酒と食文化を体験するためだ。

 向かったのはボケリア市場だった。そこは小さな店が所狭しと並び、日常の食材だけでなく、世界各国の珍味まで揃うバルセロナ最大の市場だった。だから食材でいっぱいになった袋を両手に下げる人たちや、手軽に食事と酒を楽しむ人たちでどの店も賑わっていた。

 その中にある一軒のバルに入った。タパスと呼ばれる軽食と酒を楽しむ店だ。カウンターの上には、串に刺した一口サイズの見慣れない食べ物が並んでいた。バケットの上に具材が串刺しになっているもので、ピンチョスと呼ばれているらしい。数多くの種類があるのでちょっと迷ったが、先ずは2種類のピンチョスを試すことにした。イベリコハムとハモンセラーノ。その上にそれぞれオリーブが乗っかっていて、その二つがオイデオイデをしているように感じたからだ。
 このピンチョスに合うワインを店の人に頼むと、リオハの赤ワインを勧められた。バルセロナの西、マドリードの北東にあるリオハはスペインで最も有名なワイン産地で、主に『テンプラリーニョ』というブドウ品種から造られているのだという。
 うまい。それに、生ハムに合う!
 口に含んだ瞬間、唸ってしまった。酸味がまろやかでコクのある赤ワインと生ハムの相性は抜群だった。だから追加で別のピンチョスとワインを頼もうかと考えたが、見分を広げるためには一軒でも多くの店を体験しなければならないと思い直して、これで切り上げることにした。
 ところがその時、「すみません」という日本語が聞こえた。振り向くと女性が二人こちらを見ていて、髪の長い女性が手を上げていた。