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『SAKE・BAR:FUJI&SAKURA』が開店する日を迎えた。
 學はそわそわして落ち着くことができなかったが、ドアが開く音を聞いて、気が引き締まった。
「いらっしゃいませ」
 視線の先にはチラシを持った3人の女性グループがいた。そのチラシの文言は學が考えたものだった。
『日本から来た父と娘の日本夢語り。日本からの船旅と、日本の酒文化や食文化のご紹介。日本人が魂を込めて造ったSAKE「FUJI・SAKURA」と日本食の試飲・試食つき!』

 この日に合わせて、大学院を卒業したばかりの咲を呼び寄せていた。日本酒の苦手な彼にSAKEの紹介は難しいからだ。対して咲はどんな酒でも飲むことができた上に、日本酒にはめっぽう強かった。それだけでなく、醸造学の修士という立派な肩書があることに加えて、大学院時代にフランス語を習得していた。咲がいれば正に鬼に金棒だった。

 開店初日のイベントは大成功だった。チラシを持った人が続々と押し寄せ、閉店まで満席状態が続いた。特に、専門知識に裏打ちされた咲の説明と佐賀県から持ち込んだ切子グラス・肥前びーどろに純米極上酒FUJI・SAKURAを注ぐ美しいパフォーマンスに誰もが魅了された。

 評判は口コミで一気に広まった。その評判を聞きつけたマスコミの取材が殺到し、咲は一躍有名人になった。その影響は大きく、FUJI・SAKURAに加えて、肥前びーどろが飛ぶように売れた。

 喜びは大きかった。予想外の成功に我を忘れるほどだった。それは學だけではなく関係する誰もが浮かれていたが、咲に浮かれた様子は見えなかった。仕事が終わったあとに笑みはなく、何かを深く考えているようだった。