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「救っおいただけるこずに心から感謝いたしたす。ただ、䞀぀だけどうしおもお願いしたいこずがありたす」
 そこで、蔵元の芖線が厇に移った。
「厇さん、蔵元を匕き受けおいただけないでしょうか」
「えっ⁉」
 いきなりのこずに慌おおしたった。そんなこずは思っおもみなかった。どうしおいいかわからず隣に座る孞を芋た。圌も同じような目をしおいた。
「私は䞀培さんのこずを尊敬しおいたした。その䞀培さんが芋蟌んだ厇さんなら安心しお任せるこずができたす」
 返事ができなかった。それでも蔵元は構わず蚎え続けた。
「この酒蔵ず蔵人たちを、よろしくお願いしたす」
 深々ず頭を䞋げお、顔を䞊げようずはしなかった。

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「驚くこずばかりだよ。孞さんが䜐賀倢酒造を買収するず蚀った時も驚いたけど、今日はそれ以䞊にびっくりした。蔵元になっおくれなんお、考えたこずもなかった」
 䜐賀駅前の日本料理店で孞に向かっお䞡手を広げるず、「事実は小説より奇なり、ですね」ず圌もただ信じられないずいうように銖を振った。
「たったくだ」
 たた䞡手を広げるず、「で、匕き受けるのですか」ず芗き蟌むように顔を芋られた。
「わからない」
 答えを探しおぐい吞みを芋぀めたが、䞀献盛は䜕も答えおくれなかった。
「わからない」
 銖を振るしかなかった。そんな簡単に決められるこずではなかった。

        

 東京に戻っお癟合子にも意芋を聞いた。その䞊で曎に熟慮を重ねたが、蔵元を匕き受けたいずいう気持ちず、無理だずいう気持ちが䜕床も亀差した。
 物理的には難しかった。東京ず䜐賀は遠すぎるのだ。それに、買収の条件ずしお蔵元就任を頌たれたわけではないので、断ったずしおも䜐賀倢酒造の買収に圱響を䞎えるこずはない。
 しかし、口説かれた時の蔵元の衚情がい぀たでも纏わり぀いおいたし、「私は䞀培さんのこずを尊敬しおいたした。その䞀培さんが芋蟌んだ厇さんなら安心しお任せるこずができたす」ずいう蚀葉が胞の䞭に居座り続けおいた。「この酒蔵ず蔵人たちを、よろしくお願いしたす」ず深々ず頭を䞋げた蔵元の必死な姿が瞌の裏から離れないでいた。
 うん、
 腕を組んで床の間に食った䞀培の遺圱に芖線を向けるず、圚りし日のにこやかな笑顔に芋぀められた。
 お矩父さん、
 呌びかけた瞬間、匕継ぎの旅のこずが思い出された。鮮魚割烹でご銳走になった呌子のむカの食感ず、それに合わせた䞀献盛・玔米極䞊酒のコクのある味わいが蘇っおきた。曎に、開倢に跡を蚗すず蚀った時の蔵元の嬉しそうな衚情が蘇っおきた。するず、心の䞭のもやもやが晎れおきたような気がした。
 断れないですよね、
 問うおも䞀培が答えるこずはなかったが、䞀培だったら間違いなく匕き受けるだろうこずは容易に想像できた。
 やるしかないですね、
 確認するように䞀培を芋぀めたが、その瞬間、考え違いをしおいるこずに気が぀いた。〈やる〉ではなくお、〈やらしおいただく〉なのだ。
 立ち䞊がっお䞀培の遺圱の前に立ち、「お匕き受けするこずにしたした」ず芚悟を決めたこずを報告した。するず、耳に䜕かが届いたような気がした。しかし、よくわからなかった。目を瞑っお神経を集䞭させるず、たた聞こえたような気がしお、その断片が頭の䞭で蚀葉ずなっお再生された。
 それでこそ、わしが芋蟌んだ倅だ。 
 間違いなく䞀培の声だず思った。初めお倅ず蚀っおくれた時の声だった。
 ありがずうございたした。これで䜐賀倢酒造さんに恩返しができたす。
 遺圱に向かっお深々ず頭を䞋げた。

        

「やらしおいただくこずにしたよ」
 癟合子ず孞に告げた厇に、もう迷いはなかった。
「そうですか、匕き受けられたすか」
 決断を尊ぶように孞が䜕床も頭を瞊に振った。
「苊劎をかけるこずになるけど、留守の間よろしく頌む」
 厇は癟合子に頭を䞋げた。月の半分を䜐賀で過ごすこずになるため、その間の店の䞀切を癟合子に任さなければならなくなるのだ。しかし、それは簡単なこずではなかった。店番をするだけでなく、配達や圚庫の管理など諞々の仕事をすべおこなすこずを意味しおいるからだ。
「私もできるだけ手䌝いたすから」
 孞が、そう倪くはない䞡腕に力こぶを䜜っお笑った。
「ありがずう。でも君にも仕事ず家庭があるから無理を頌むわけにはいかない。配達は醞にやらすようにするからなんずかなるず思う」
「そうか、そうですね、醞君も立掟な倧人になったから私が出る幕はないですね。でも、もし人手が足りない時があればい぀でも声をかけおください。私が行けない時は音をやりたすから、遠慮なく蚀っおください」
 孞は右手を巊胞に眮いお倧きく頷いた。
「ありがずう。そう蚀っおもらえるず安心しお䜐賀ぞ行けるよ。本圓にありがずう」
 孞に向っお䞁寧に頭を䞋げるず、その暪で癟合子は厇よりも深く頭を䞋げた。