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 絵画のように美しく盛りつけられた日本食に招待客は目を見張った。そして、その味に驚いた。
「セ・トレボン」
「セ・デリシュー」
 招待客が笑顔で最高の褒め言葉を口にした。
 學はほくそ笑んだが、今日の主役は日本食ではなかった。満を持してその主役をお披露目した。

 上品な細工が施された切子グラス・肥前びーどろに注がれた特別な酒、一献盛・純米極上酒が各テーブルに運ばれた。予想した通り、最初はグラスに興味を示していたが、酒を口にすると、フランス料理界の重鎮の目に驚きが灯ったように見えた。昨年の世界ソムリエコンクール優勝者の目にも同じようなものが見えた。
「なんという……」
 招待客が口々に驚きの声を上げた。
「こんなにもまろやかな酒があるなんて……」
「フランスのワインより旨いSAKEがあるなんて……」
「これは、事件だ」
「セ・パ・ヴレ?」
「パ・ヴレモン!」
 まさか? 
 嘘でしょ? 
 本当? 
 信じられない! 
 困惑と感嘆の呟きがいつまでも続いた。

        *

 帰国した學はパリでの体験を基にした企画書をまとめ上げ、輸入部門を統括する取締役に提出した。『日本酒輸出の可能性と取組基本方針』。パリで催した『日仏友好114周年記念「祝いSAKE」パーティー』での驚くべき反応を余すところなく記載し、その反応の高さから日本酒輸出に大きな可能性があると明記した。
 その上で、積極的に取り組むための投資を促した。その投資とは酒蔵の買収。その酒蔵は佐賀夢酒造。更に、戦略的な社名変更にまで踏み込んだ。買収後の社名は『日本夢酒造』。輸出用のブランドは『FUJI・SAKURA』。欧米人にもよく知られている富士山と桜をブランド名にする必要性を強調したのだ。

 企画書は担当取締役によって何度も手を入れられた上で取締役会に上げられたが、短期の採算性に危惧を表す役員が複数いて、すぐに承認されることはなかった。
 それでも、長期的価値の増大が確実に見込まれることを繰り返し強調して上程を続けると、遂に4度目の取締役会で承認を得ることができた。