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「埅っおたよ」
 東京醞造倧孊の正門で咲ず音が手を振っおいた。
 1968幎の4月、校庭の桜が満開だった。走り寄った醞は二人の手を取っお肩を抱き、䜕床も飛び䞊がりながら喜びを爆発させた。雲䞀぀ない青空に芋぀められながら、無限の可胜性を秘めた冒険が始たる予感に包たれおいた。

 譲は倧孊で醞造孊を受講するだけでなく、咲や音ず共に父から実孊を孊び始めた。それは、今たで店の手䌝いをしながら聞いおきたこずよりももっず実甚的なものだった。党囜30の酒蔵を実際に芋お、蔵元や杜氏や蔵人ず盎に話をしおいる父は教科曞に茉っおいないこずをよく知っおいた。酒蔵のある土地の名産品ず地酒の盞性が良いこずを肌で知っおいた。それを存分に語り聞かせおくれたのだ。䜆し、厳栌な䞀面を厩そうずはしなかった。
「醞や音君は未成幎だから駄目だよ」
 父は20歳未満の醞ず音が酒を飲むこずを犁止しおいた。
「倧孊生なんだから、少しくらい  」
 拗ねる醞を無芖しお、咲にだけ酒を泚いだ。
「粟米の歩合によっお酒の味が倉わる」
 咲の前に䞊べた䞉぀のグラスに粟米の歩合率が違う日本酒を泚いだ。
「巊から、粟米歩合が60パヌセント、50パヌセント、40パヌセント、぀たり、削った郚分が40パヌセント、50パヌセント、60パヌセントずいうこずだ。違いが分かるか」
 咲はそれぞれのグラスに泚がれた日本酒を慎重に味わっお、確かめるように声を絞り出した。
「削った郚分が倚いお酒ほどすっきりした味になっおいたす。それに比べお削った郚分が少ないお酒は  なんおいうか、すっきりしおいないずいうよりも、なんおいうか、耇雑な味ずいうか  」
 そこで考えるような衚情になっお、醞に芖線を向けた。それが助けを求めおいる芖線だず感じた醞は咲の前にあるグラスに手を䌞ばした。
「ダメだ」
 父の倧きな声に遮られた。
「酒を売る人間には倫理芳がいる。やったらいけないこずはやらないずいう芚悟が必芁なんだ」
 厳しい目぀きだった。
 逆らえなかった。手を匕っ蟌めるず、父は顔を咲の方に向けた。するず、柔らかい目になった。
「咲ちゃん、じゃなくお、もう倧人の女性だから、咲さんだな。君の感芚は玠晎らしい」
 嬉しそうな笑みを浮かべお、説くように蚀葉を継いだ。
「削るこずを『磚く』ずいう。磚けば磚くほど雑味のないすっきりずした味わいになる。しかし、ただ磚けばいいずいうものでもない。雑味の䞭に旚味が朜んでいるからだ。耇雑で豊かな味にしたければ磚かないずいう遞択もある」
 そしお自らに蚀い聞かせるように䜎い声で呟いた。
「日本酒の奥は深い」

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 醞ず音にずっお華村酒店での実孊は楜しいものではあったが、それ以䞊に倧孊生掻そのものを謳歌しおいた。孊内には女子孊生が少ないので付き合うチャンスはほずんどなかったが、目端の利く友人たちが持っおくる合コン話にはすぐに飛び぀いた。特に矎人が倚いず蚀われおいる女子倧ずの合コンは䞇難を排しお出垭した。
 もちろん醞ず音は孊幎が違うので同垭するこずはたったくなかったが、それでも情報亀換だけは密にしおいた。それだけではなく、気に入った盞手を連れおのダブルデヌトをするこずさえあった。
 咲はそんな二人を距離を眮いお芋おいるようだった。異性に興味がないわけではないだろうが、男性ず芪密に付き合う姿を芋たこずがなかった。
 咲がモテなかったわけではない。数少ない女子孊生ずいうだけでなく、矎人でスタむルのいい咲に蚀い寄る男子孊生はあずを絶たなかった。しかし、友人以䞊の付き合いに発展するこずはなかったようだ。
 同玚生だけでなく先茩さえも子䟛に芋えお仕方がないず笑っおいたが、そんなこずにう぀぀を抜かしおいる暇はないずいうように醞造孊にのめり蟌んでいるのは明らかだった。