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 それは突然のことだった。ソ連による世界初の人工衛星打ち上げ成功のニュースに誰もが驚いた1957年の冬、フランスから崇の元へ小包が届いた。
 開夢からだった。中から出てきたのは、シャンパーニュだった。ラベルには『ホワイトバード』と書かれていた。
 ホワイトバード? 
 聞いたこともない名前だったが、同封された手紙を読んでその意味がわかった。
「大変ご無沙汰しております。私はシャンパーニュ地方で修行をしておりましたが、縁があってメゾンの一人娘と結婚いたしました。それでメゾンを継ぐことになりましたので、これを機にフランスに永住することを決めました。ところで、私が造ったシャンパーニュが3年の熟成を経て今年出荷できることになり、『ホワイトバード』と名づけました。白鳥なら英語で『スワン』、仏語で『シーニュ』ですが、敢えて『しらとり』に拘りました。ご笑飲ください」

 翌日、學を自宅に呼んでホワイトバードを試飲した。
「結構いけますね」
「うん、切れのいい酸味だね」
「しかし、フランスへ渡って修行するだけでも大変なのに、縁があったとはいえメゾンの娘と結婚して、メゾンを継いで、自分の名前を冠したシャンパーニュを造るとは、彼もたいしたものですね」
「そうなんだよ。落ち込んで土下座までした彼がよくここまで立ち直れたものだ」
 ホワイトバードの出来の良さだけでなく、白鳥開夢の身に起きた大きな変化が信じられないと顔を見合わせた。
「ところで、このホワイトバード、學さんのところで輸入できないかな?」
「輸入ですか?」
「そう。うちで売りたいのだけど」
「華村酒店で……」
「そうなんだ。本当は泡酒を売りたかったのだけど、それは叶わなかった。でも、日本酒を知り尽くし、蔵元の経験がある白鳥君が造ったシャンパーニュだから、フランス人が造ったシャンパーニュとは違って日本人の魂が感じられる酒になっていると思うんだ。だから洋食だけでなく和食にも合うと思うんだよ。それにハイカラな人たちに受け入れられる気がするんだ」
「ハイカラな人たちですか……。確かにそうかも知れませんね。それに私のような日本酒が苦手な者が飲めるのですから、今までにない顧客を開拓できる可能性もありますね。わかりました。酒類輸入部に相談してみます」


 それからしばらくして學が訪ねてくると、挨拶もそこそこに驚きの言葉を発した。
「私が担当することになりました」
「えっ、担当って……、君は食料品の輸入担当じゃないの?」
「それがですね」
 彼は苦笑しながら経緯を語った。
「そんなに言うならこっちに来てお前がやれ、と無理矢理引き抜かれたのです。人手が足りないから丁度良かったと」
 酒類輸入部の部長が強引に引き抜いたらしい。
「早速、フランスへ行ってきます」
「えっ、フランス?」
「はい。白鳥さんに会ってきます」
「行くって言っても……」
「そうなんです。船で片道35日ほどかかります」
「35日……」
 思わず絶句したが、「フランス語の勉強に丁度良い期間です」とさらりと言ってのけた。