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 崇の元へ海外から手紙が届いた。白鳥開夢からだった。そこには驚きを超えた内容が書かれていた。
「大変ご無沙汰しております。突然の無礼な手紙をお許しください。今、私はフランスのシャンパーニュ地方にいます。ご紹介いただいた文献を参考に瓶内二次発酵を試みましたが、満足のいく泡酒を造ることはできませんでしたので、このまま日本で試行錯誤しても埒が明かないと思い、フランスで修行することを決めました。父から縁を切るとまで言われましたが、それでもいいと啖呵(たんか)を切って家を出ました。佐賀夢酒造は弟の継夢(けいむ)にあとを託しました。本来なら出国する前に直接お目にかかってご挨拶申し上げなければいけなかったのですが、どうしてもできなくて、逃げるようにフランスへ渡った私をお許しください」
 フランス語ができない開夢は伝手を頼ってシャンパーニュ地方に住む一人の日本人男性を探し出した。その男性は現地の日本人会の会長をしており、全面的な支援を約束してくれたので渡仏することができたのだという。

 手紙を読んだ崇は、夕食後、學の家に向かった。
「白鳥さんがフランスへ?」
 手紙を見た學が信じられないという顔をした。
「あの文献、役に立たなかったのかな?」
 學が残念というふうに声を落としたので、「初めてのことだからね」とフォローしたが、悪戦苦闘したであろう開夢の姿が浮かんできて、なんとも言えない気持ちになった。
 それは學も同じようで、「うまくいくと思ったんだけどな……」ともう一度手紙に視線を落として、顔を揺らした。