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その年の夏は異常なほど暑かった。若い自分でもうんざりするほどの暑さで、両親もへばっていて、ましてや年老いた祖父には耐えられないほどの暑さに違いなかった。扇風機の前に氷水を置いて涼しい空気を流していたが気休めでしかなく、祖父は明らかに体力を消耗しているように見えた。
「あと2、3日かもしれません」
往診に来ていた医師が残念そうに口を開いた。
「そんな……」
口を手で塞いだ瞬間、母がよろめいた。父はその体を支えたが、顔色を失ったまま天井を仰いで絶句してしまった。
醸は何も言えなかった。言えるはずがなかった。憔悴した両親を見つめるしかなかった。しかし、このまま何もしないで祖父の傍にいるわけにはいかなかった。あと数日しか残されていないかもしれないのだ。できることはなんでもしたかった。
医師が帰ったあと、醸は父に向き合った。
「酒、飲ましてやろうよ」
「酒ってお前、爺さんが飲めるわけないだろ」
強く頭を振られたが、確かにその通りで、祝宴以来、祖父は一滴も酒を飲んでいなかったし、飲める状態ではなかった。ほとんど眠ったままの状態になっている祖父に酒を飲ませることは不可能としかいえなかった。それでも、醸にはある考えがあった。それを耳打ちすると、父の顔がパッと明るくなった。
「なるほどな」
感心したように頷いたので、すぐに台所へ行ってお盆に酒とグラスを乗せて戻り、薬箱を開けて綿棒を取り出して祖父の枕元に座って声をかけた。
「醸だよ、わかる?」
しかし反応はなく、閉じた瞼が開くことはなかったが、それでも耳元に口を近づけて囁いた。
「おいしいお酒を飲もうね」
祖父が大好きだった六甲錦醸をグラスに注いでその中に綿棒を入れ、それを祖父の唇に這わせた。ゆっくりゆっくり這わせた。
「おじいちゃん、おいしい?」
醸は何度も六甲錦醸を含ませた綿棒を祖父の唇に這わせたあと、「おじいちゃん、一緒に飲もうね」と新しい綿棒にたっぷりと六甲錦醸を含ませて、祖父の唇に這わせてから自分の口にくわえた。
「おいしいね。二人で飲むと、おいしいね」
それを何度も繰り返して、話しかけながら祖父との酒盛りを続けた。それを両親は、うんうん、と頷きながら見ていたが、父が新しい綿棒を手にして同じことを始めると、母も同じように綿棒を手にして祖父と向き合った。しかし、酒に浸すこともなく、祖父の口に持っていくこともなく、ただ顔を見つめているだけだった。その目は真っ赤になっていて、その横で父が鼻水をすすっていた。
醸も顔が歪むのを止めることはできなかった。それでも綿棒を持ってまた祖父の口に這わせて自分の口に持っていった。祖父との酒盛りはいつ終わるともなく続いた。
その年の夏は異常なほど暑かった。若い自分でもうんざりするほどの暑さで、両親もへばっていて、ましてや年老いた祖父には耐えられないほどの暑さに違いなかった。扇風機の前に氷水を置いて涼しい空気を流していたが気休めでしかなく、祖父は明らかに体力を消耗しているように見えた。
「あと2、3日かもしれません」
往診に来ていた医師が残念そうに口を開いた。
「そんな……」
口を手で塞いだ瞬間、母がよろめいた。父はその体を支えたが、顔色を失ったまま天井を仰いで絶句してしまった。
醸は何も言えなかった。言えるはずがなかった。憔悴した両親を見つめるしかなかった。しかし、このまま何もしないで祖父の傍にいるわけにはいかなかった。あと数日しか残されていないかもしれないのだ。できることはなんでもしたかった。
医師が帰ったあと、醸は父に向き合った。
「酒、飲ましてやろうよ」
「酒ってお前、爺さんが飲めるわけないだろ」
強く頭を振られたが、確かにその通りで、祝宴以来、祖父は一滴も酒を飲んでいなかったし、飲める状態ではなかった。ほとんど眠ったままの状態になっている祖父に酒を飲ませることは不可能としかいえなかった。それでも、醸にはある考えがあった。それを耳打ちすると、父の顔がパッと明るくなった。
「なるほどな」
感心したように頷いたので、すぐに台所へ行ってお盆に酒とグラスを乗せて戻り、薬箱を開けて綿棒を取り出して祖父の枕元に座って声をかけた。
「醸だよ、わかる?」
しかし反応はなく、閉じた瞼が開くことはなかったが、それでも耳元に口を近づけて囁いた。
「おいしいお酒を飲もうね」
祖父が大好きだった六甲錦醸をグラスに注いでその中に綿棒を入れ、それを祖父の唇に這わせた。ゆっくりゆっくり這わせた。
「おじいちゃん、おいしい?」
醸は何度も六甲錦醸を含ませた綿棒を祖父の唇に這わせたあと、「おじいちゃん、一緒に飲もうね」と新しい綿棒にたっぷりと六甲錦醸を含ませて、祖父の唇に這わせてから自分の口にくわえた。
「おいしいね。二人で飲むと、おいしいね」
それを何度も繰り返して、話しかけながら祖父との酒盛りを続けた。それを両親は、うんうん、と頷きながら見ていたが、父が新しい綿棒を手にして同じことを始めると、母も同じように綿棒を手にして祖父と向き合った。しかし、酒に浸すこともなく、祖父の口に持っていくこともなく、ただ顔を見つめているだけだった。その目は真っ赤になっていて、その横で父が鼻水をすすっていた。
醸も顔が歪むのを止めることはできなかった。それでも綿棒を持ってまた祖父の口に這わせて自分の口に持っていった。祖父との酒盛りはいつ終わるともなく続いた。



