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 日本人の酒と言えば当然日本酒。それは誰も異論を挟めない揺るぎのない事実であり、実際に日露戦争の頃には酒税が国家収入の30パーセントを占めていたとも言われるほど大きな存在だった。
 それは華村酒店を継いだ1950年(昭和25年)においても似たようなもので、日本酒の商売が将来危うくなると考える者は誰もいなかった。だから一徹も崇も明るい未来を信じて疑わなかった。そんな中、崇に対する本格的な教育が始まった。

「日本酒を楽しむ基本は好みを知ることから始まる。それは米を知ることでもある」
 一徹は崇が覚えきれないほどの全国の酒造好適米について詳しく説明した。
「日本酒は米によって味が変わる。例えば、すっきりとした味わいになる米、ふっくらとした味わいになる米、優しい味わいになる米、日本全国の酒造好適米の違いを楽しむのも日本酒を味わう醍醐味なんだ」
 そして、もう一つの大事な要素を力説した。
「水の力は大きい」
 軟水、硬水、伏流水などの違いによって日本酒の味が大きく変わる、と断言した。
「軟水で仕込むと軽やかで柔らかく雑味のない味わいになる。硬水で仕込むとコシがありキリっとした味わいになる」
 一徹の話を聞きながら、崇は日本酒を飲み続けた。気持ちの良い酔いに任せて飲み続けた。しかし、飲み続けるうちになんだかいつもより酔ってきたように感じた。
 反して一徹は同じくらいの量を飲んでいるのに顔が少し赤くなっている程度で、酔っているようには見えなかった。
「そろそろ限界です」
 崇がそう伝えると、そうだろうな、というような表情になってある物を指差した。それは透明な液体で、一徹が日本酒を飲む合間にコップで飲んでいたものだった。
「これは和らぎ水(・・・・)というんだ。酒ばかり飲んでいたら酔うのが早い。だからこうやって時々水を飲むんだ。そうすると深酔いをしなくて済む。二日酔いも防ぐことができる」
 和らぎ水……、
 酔いを和らげる水……、
 コップの中の透明な液体を特別なもののように見つめていると、「普通の水でもいいが、わしは仕込み水を飲むようにしているんだ」と新たな言葉が耳に届いた。
「仕込み……」
「仕込み水だ。日本酒を造る時に使う水のことだ。硬水と軟水がある。わしは硬水で造った酒には硬水の仕込み水を、軟水で造った酒には軟水の仕込み水を合わせるようにしているんだ」