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「酒の一滴は血の一滴!」

 結婚と妊娠という二つの祝いが重なった夜、飲みすぎて気絶するように布団に入った華村醸(はなむらじょう)は、夢の中に出てきた祖父、一徹(いってつ)の言葉で目が覚めた。
 午前4時だった。隣では妻の幸恵(ゆきえ)がすやすやと眠っていた。起こさないように布団からそっと抜け出し、部屋を出て、台所の椅子に座った。

酒米(さかまい)農家の人がどれだけ苦労して作っているか、杜氏(とうじ)蔵人(くらびと)がどれだけ血の滲むような努力を重ねて造っているか、その事を思えば一滴たりとも無駄にしてはいかん」

 醸は祖父が厳しい口調でたしなめた時のことを思い出していた。
 それは20歳の祝いの席でのことだった。酔って酒をこぼした瞬間、普段の優しい顔が消え、今まで見たこともないような険しい表情になったのだ。
 固まって動けなくなった。日本酒に人生を賭けてきた男にしか言えない言葉が突き刺さって心臓が止まりそうになった。しかし、それによって覚悟ともいえるようなものが奥底から湧いてきたのも事実だった。祖父の想いをしっかりと受け止めなければならない、華村酒店を継ぐ者として今までのような手伝い気分で仕事をしてはいけない、と生半可な気持ちに喝を入れることができたのだ。
 そんなことを思い出していると、台所が少し明るくなった。夜が明けてきたようだ。白々としてきた窓の向こうを見ていると、無限の可能性が広がっているように思えて思わず拳を握った。すると、祖父と同じ言葉が口を衝いた。

 酒の一滴は血の一滴。