中学三年。
小学一年の頃から、「ヤンチャ」ではなく「不良」と呼ばれ続けてきた俺には、絶対に勝てない人がいる。
亮芽(りょうが)くん、もうそろそろ中一の夏休みのワーク終わるんじゃない?終わったら言えよー」
ヘラヘラした、いかにもバカ真面目で弱そーなやつ。
眼鏡を外せばイケメン、ではなく、むしろブサイクになるような可哀想な俺の担任。
竹林(たけばやし)先生、三十歳。
「まだ終わんねーわ、あと十ページはある。あと、なんでそんな一年の頃のこと覚えてんすか。キモっ」
そう捨て台詞を吐いて、俺はどうにかこいつと距離を取ろうとする。
ただ、この男はヤバい。
中一の夏休みの課題がまだ終わっていない俺もヤバいけど。
「そうだ。今日は亮芽くんが好きなスイカが給食で出るって。みんなはスイカ嫌がってるし、僕のをあげよう」
俺の好きなもの、嫌いなもの、よく行く場所、髪の毛を染めた回数とその期間、履いてくる靴下の種類、声変わりの時期、など。
教えた覚えのないものまで、こいつは何故か知っている。
というか、ほとんど教えていないと思う。
他にも、教室から脱走して給食を食べる俺についてきたり、急にキモい発言をしてきたり、俺が放課後に行く場所を当ててきたり。
そんなやつが担任のクラスに三年間もいさせられた俺は、そのストーカーとも言える行動によく耐えたと、しみじみ思う。
「スイカなんていらねー。今日こそは俺についてくんな」
「えっ、なんで!?いいじゃん!あ、教室の後ろの扉から出ていくってことは、今トイレ行くってことね」
「ちょっと黙れ!!」
なんで俺がいつもトイレ行くとき後ろの扉から出ていくこと知ってんだよ。
俺はそう思いながら、竹にそう怒鳴って、トイレに行った。
山の中にあるような、このド田舎中学校に通うやつらは少ない。
そのため、クラスのみんなは、担任の竹と俺のやりとりを日常茶飯事としているのだ。
担任が持つ俺への理解力は、さすがにみんな引いているけれど。
俺も、引く気持ちはすごくわかる。
普通に、放課後ゲーセン行くでしょとか言われたとき、教えてないのに怖って思う。
そんなの、数えようとしてもきっと数えられないくらいに、今まで俺は経験してきた。
「本当にスイカいらなかったのかよー」
…こうやって、気付けば隣にいるし。
教室から給食を持ってきて、一人で屋上で食べることが日課だった俺は、中一の秋頃、そのルーティーンを竹にぶっ壊された。
「いらない。竹が食べろ」
今では、教室に他の生徒を残してきて、二人でピクニックみたいになっている。
夏なのについてきて、そんなペラペラの体じゃあいつぶっ倒れてもおかしくねーな。
そう思いながら、俺は無言で給食を食べ進めた。