私の名前は影沼晃介。
日本のとある離島出身の公安警察官だ。
その島の名は〝灯光の国〟。
島民一万人程度の島だ。
島としてはおかしな名前をしているのには理由がある。
島全体が同名の新興宗教の施設になっているのだ。
代々島の長である火垣家の者が教祖となるのが決まりで、国家さながら〝総理〟と呼ばれる。そして火垣一族の人間が主となって議会を形成している。
電気、ガス、水道といったライフラインは島内の施設で賄われているが、スマートフォンやテレビ、それにインターネットなどといった島の外部と繋がるような物は存在しない。書籍は配給されるが内容には厳しい検閲が入る。
港があり、漁船や物資の配給用の船もあるが、教団——つまり国に厳しく管理され、自由な往来はできない。
島民のほぼ100%が島から出ずに一生を終えるため、自分たちが新興宗教の信者であるという意識もないまま、先祖代々入信している。
そんな環境でなぜ私が公安警察官になることができたのかといえば、純粋な高校生だった私を公安警察が拉致するような形で島外に連れ出して国の秘密を教え洗脳のようなものをとき、それ以来何度も短い時間を積み重ね、長い時間をかけて教育を施した結果である。脅しのようなこともなかったわけではない。
要するにずっと警察から目をつけられていた宗教団体ではあったものの、この数十年、取り締まるほどの悪事というものもとくに無く、人口が減り続けることで解体も間近と見られていた。つまり、あくまでも私は保険的な立場での潜入捜査官であった。
ところがこの二十年ほどで、島は急激な人口増加を果たしたことで必然的に信者が増え、ここ最近は食糧難に片足を突っ込むような事態になっていた。
そしてあの恐ろしい〝一卵性双生児粛清法〟が施行された。
決定的な証拠を掴むのに手間取ってしまい、結局数名の犠牲者を出すまで警察が介入することができなかったのが無念である。
逮捕された火垣明善はといえば……。
「影沼くんが警察官だったとは、やはり他人を信用してはいけないね」
など、まったく反省の色の無い言動を繰り返しているらしい。
逮捕された時点での容疑は殺人教唆などではあるものの、詐欺や秘密裏に行っていた人体実験などでも立件される見込みだ。
捜査は彼の父や親族にも広がっていくものと予想される。
——人体実験について。
これについてはまだ疑いの段階でしかないという前提の話である。
この二十年程度の間に、島内での一卵性双生児の出生率が爆発的に増加した。
二十年ほど前といえば、火垣明善が東京の製薬会社から帰島した時期である。
火垣家は島民が島を出ることは許さなかったが、自分たちの、とりわけ首長になる立場の人間については積極的に外で学ばせた。
製薬会社での聞き込みによれば、明善は天才的な研究者だったようだ。
そんな明善の帰島と一卵性双生児の爆発的な増加は偶然だろうか?
先にも言った通り、あくまでも疑いの段階ではあるが、警察は明善が何らかの薬——おそらくは妊娠誘発剤の類——で一卵性双生児の増加に関与しているのではないかとみている。当然のように日本国内では非承認の薬である。
ちょうどその時期、〝一卵性双生児粛清法〟が一度議会に提出されているのも疑う理由の一つだ。
彼は一卵性双生児を増やすと同時に法も整備しようとしたようだが、その時期は少子化に喘いでいた時期であったはずだ。
そして、当時出生した一卵性双生児たちが成人する時期、再び法案を提出し可決を勝ち取ることに成功した。
人口が爆発的に増えているのも彼の予想の範疇だったのだろう。
……ここで、もう一つの疑念が浮かぶ。
彼が天才だというのであれば、妊娠誘発剤と人口の爆発的増加、それに起因する飢餓や土地不足なども予想の範疇だったのではないのか?
しかしどこにもそれらへの対策を講じた形跡が無い。
火垣一族は飢餓とは無縁だからだろうか? それでも国家を運営しようというのであれば当然必要な対策のはずだ。
——『うーん……ちょっと地味だったねえ』
——『ああでも、トランプで命のやり取りをしたことと、両親への失望で死を選ぶという心理は予想外で興味深くはあるか』
私の脳裏に、榎戸光主が亡くなった時の、明善の無邪気な言動や表情が浮かぶ。
おそらく彼は、純粋に同じ遺伝子の人間が極限状態に陥った様子に興味があり、それと同じように、もっと大きな規模で極限状態に陥った人間たちが物資を奪い合い、さらには命を奪い合う状況にも興味があったのではないだろうか?
つまりあのまま彼の暴走を止めることができていなければ、もっと大きな規模でのデスゲームが繰り広げられたいたのかもしれない。
……まあそんなものは個人の想像でしかない。
島民たちは突然の灯光の国の解体には戸惑っているが、飢餓からは救われた。
そして、仁礼優灯は東京の病院で心臓の治療を受けられることになったのだ。
それで丸くおさまったのだと思うことにする。
fin.
日本のとある離島出身の公安警察官だ。
その島の名は〝灯光の国〟。
島民一万人程度の島だ。
島としてはおかしな名前をしているのには理由がある。
島全体が同名の新興宗教の施設になっているのだ。
代々島の長である火垣家の者が教祖となるのが決まりで、国家さながら〝総理〟と呼ばれる。そして火垣一族の人間が主となって議会を形成している。
電気、ガス、水道といったライフラインは島内の施設で賄われているが、スマートフォンやテレビ、それにインターネットなどといった島の外部と繋がるような物は存在しない。書籍は配給されるが内容には厳しい検閲が入る。
港があり、漁船や物資の配給用の船もあるが、教団——つまり国に厳しく管理され、自由な往来はできない。
島民のほぼ100%が島から出ずに一生を終えるため、自分たちが新興宗教の信者であるという意識もないまま、先祖代々入信している。
そんな環境でなぜ私が公安警察官になることができたのかといえば、純粋な高校生だった私を公安警察が拉致するような形で島外に連れ出して国の秘密を教え洗脳のようなものをとき、それ以来何度も短い時間を積み重ね、長い時間をかけて教育を施した結果である。脅しのようなこともなかったわけではない。
要するにずっと警察から目をつけられていた宗教団体ではあったものの、この数十年、取り締まるほどの悪事というものもとくに無く、人口が減り続けることで解体も間近と見られていた。つまり、あくまでも私は保険的な立場での潜入捜査官であった。
ところがこの二十年ほどで、島は急激な人口増加を果たしたことで必然的に信者が増え、ここ最近は食糧難に片足を突っ込むような事態になっていた。
そしてあの恐ろしい〝一卵性双生児粛清法〟が施行された。
決定的な証拠を掴むのに手間取ってしまい、結局数名の犠牲者を出すまで警察が介入することができなかったのが無念である。
逮捕された火垣明善はといえば……。
「影沼くんが警察官だったとは、やはり他人を信用してはいけないね」
など、まったく反省の色の無い言動を繰り返しているらしい。
逮捕された時点での容疑は殺人教唆などではあるものの、詐欺や秘密裏に行っていた人体実験などでも立件される見込みだ。
捜査は彼の父や親族にも広がっていくものと予想される。
——人体実験について。
これについてはまだ疑いの段階でしかないという前提の話である。
この二十年程度の間に、島内での一卵性双生児の出生率が爆発的に増加した。
二十年ほど前といえば、火垣明善が東京の製薬会社から帰島した時期である。
火垣家は島民が島を出ることは許さなかったが、自分たちの、とりわけ首長になる立場の人間については積極的に外で学ばせた。
製薬会社での聞き込みによれば、明善は天才的な研究者だったようだ。
そんな明善の帰島と一卵性双生児の爆発的な増加は偶然だろうか?
先にも言った通り、あくまでも疑いの段階ではあるが、警察は明善が何らかの薬——おそらくは妊娠誘発剤の類——で一卵性双生児の増加に関与しているのではないかとみている。当然のように日本国内では非承認の薬である。
ちょうどその時期、〝一卵性双生児粛清法〟が一度議会に提出されているのも疑う理由の一つだ。
彼は一卵性双生児を増やすと同時に法も整備しようとしたようだが、その時期は少子化に喘いでいた時期であったはずだ。
そして、当時出生した一卵性双生児たちが成人する時期、再び法案を提出し可決を勝ち取ることに成功した。
人口が爆発的に増えているのも彼の予想の範疇だったのだろう。
……ここで、もう一つの疑念が浮かぶ。
彼が天才だというのであれば、妊娠誘発剤と人口の爆発的増加、それに起因する飢餓や土地不足なども予想の範疇だったのではないのか?
しかしどこにもそれらへの対策を講じた形跡が無い。
火垣一族は飢餓とは無縁だからだろうか? それでも国家を運営しようというのであれば当然必要な対策のはずだ。
——『うーん……ちょっと地味だったねえ』
——『ああでも、トランプで命のやり取りをしたことと、両親への失望で死を選ぶという心理は予想外で興味深くはあるか』
私の脳裏に、榎戸光主が亡くなった時の、明善の無邪気な言動や表情が浮かぶ。
おそらく彼は、純粋に同じ遺伝子の人間が極限状態に陥った様子に興味があり、それと同じように、もっと大きな規模で極限状態に陥った人間たちが物資を奪い合い、さらには命を奪い合う状況にも興味があったのではないだろうか?
つまりあのまま彼の暴走を止めることができていなければ、もっと大きな規模でのデスゲームが繰り広げられたいたのかもしれない。
……まあそんなものは個人の想像でしかない。
島民たちは突然の灯光の国の解体には戸惑っているが、飢餓からは救われた。
そして、仁礼優灯は東京の病院で心臓の治療を受けられることになったのだ。
それで丸くおさまったのだと思うことにする。
fin.