意外だった。
麻灯ちゃんが『逃げよう』なんて言うなんて。
だってずっと、嫌われてるって思っていたから。
◇
三十分ほど前。
外は暗くなり始めていて、最後に時計を見た時は六時半だった。
私、仁礼優灯と双子の姉の麻灯ちゃんは中学校の視聴覚室にいた。
そこにはたくさんの凶器? 武器? らしきものが置かれていた。
そしてそれを使って私と麻灯ちゃんが、どちらか一方を……殺す……んだと、スクリーン越しに火垣総理から説明を受けた。
例の、一卵性双生児粛清法によるものだって。
麻灯ちゃんは『は? 頭おかしいんじゃないの?』なんて言っていたけど、正直なところ私はあまり動揺しなかった。
死ぬのは私だって、ずっと前から決まっているんだから。
『優灯も黙ってないで何とか言いなさいよ。このままじゃどっちかが死ぬのよ』
『私は……』
同じショートカットで同じ顔なのに、メイクのせいか猫みたいな強気な目をした麻灯ちゃんに見つめられて、双子だというのに緊張して口ごもってしまう。
我ながら、なんて情けないんだろう。
『え、えっと……』
『何よ、死にたくなんてないでしょ?』
『で、でも……それじゃあパパとママが』
総理は、私たちのどちらかが死ななければ両親が死ぬと言った。
『全員死なない方法を考えようよ。おかしいでしょ? 一卵性の双子ってだけで死ななくちゃいけないなんて』
それは本当にその通りだ。遺伝子の多様性だなんて言っているけれど、どこか腑に落ちない。
だけどその法律が間違っていたとしても、私は……。
『私はどっちみち、もうすぐ死ぬから……っていうか、十八歳まで生きられないって言われてたのに、今こうして十八歳になってて……もう十分、かも……』
私は生まれた時から心臓に持病を抱えている。一卵性双生児だけど、私だけが。
活発な麻灯ちゃんと違って運動は禁止されて、学校にだってあまり通えなかったから友達だってほとんどいない。入退院も繰り返してきた。
だけどそれで寂しいなんて思ったことはなくて、むしろ麻灯ちゃんに申し訳ないと思って生きてきた。
ずっとパパとママを独り占めしてしまっていたから。
『バカなの? あんたが十八歳まで生きられたのは、今日死ぬためじゃないでしょ?』
麻灯ちゃんは昔からこうやって少し私を責めるように話す。きっと、私のことが嫌いなんだと思う。
『でも……』
『だったら!』
麻灯ちゃんが机の上の包丁を手に持った。
『今すぐ死ねば?』
『え!?』
『だって、死んでいいんでしょ? パパやママのために死にたいんでしょ? だったら、胸を刺すでも首を切るでも、好きにしなさいよ』
彼女が私に包丁を差し出したから、思わずじっと見つめてしまう。そして思わず刺したり切ったりするところを想像してしまった。
『ほらね、無理でしょ? 昔から痛いのが苦手なんだから』
『え……? どうして知ってるの?』
最近は注射だって点滴だって随分慣れて、そんな素振りを見せる場面はなかったはずだ。
『忘れるわけないでしょ。それに……』
忘れるわけない?
『私だって痛いのは苦手なんだから』
そう言った麻灯ちゃんの表情が照れくさそうで、思わずまじまじと見てしまった。
『何よ。当たり前でしょ? 双子なんだから』
『麻灯ちゃんがそんな風に思ってるなんて……びっくり……』
彼女の口から『双子なんだから』なんて言葉が出るとは思わなかった。
驚く私にまた照れくさそうな顔をするから、思わずクスッと笑ってしまった。
彼女は「ンンッ」と咳払いをすると、キョロキョロと教室内を見回した。
それから机の上の鉛筆と紙を手にして、ごくごく小さな文字を書いた。
【会話は聞かれてるかもしれない】
『え? でも、さっきの火垣総理の感じでは——』
『あ! トランプでもする?』
麻灯ちゃんは、私の言葉に被せるように言うと、目で合図を送ってきた。
『二人じゃつまらないか』
【会話はテキトーにこの空間をイヤがっているようなカンジで】
器用に、話しながらシャッシャッと素早く鉛筆を動かす。
私は小さな文字を目で追うだけで一杯一杯だ。
カメラがあっても読み取れないくらいの小さな文字。
【逃げよう】
思わず『え⁉︎』と出そうになったのを、必死で飲み込んだ。
代わりに【どこへ?】と小さく唇を動かした。
『ビンゴなんて誰がやるのよ』
【わからないけど、ここにいたらどうせシぬ】
それはそうだけど……。
『このビンゴカード何枚あるわけ?』
【武器を持っていく】
『ねえ、優灯』
『え』
【二人で逃げよう、イッショに】
麻灯ちゃんの目を見て、それからまた手元もとを見た。
【二人いれば大丈夫】
——『わたしたちは、ふたりいればだいじょうぶ』
ずっと昔、子どもの頃にも麻灯ちゃんが言ってくれた気がする。
◇
それから私たちは、拳銃やカッターナイフ、それにロープなんかを持って中学校から逃げ出した。
意外にも視聴覚室の外には見張りがいなかった。
「まさか法律を破って逃げ出すやつがいるなんて思ってなかったのかもね」
麻灯ちゃんは楽観的に笑う。
通っていた中学校だったから、校舎の中も学校の周りの路地も迷わずに進むことができたから、とにかくあそこから離れられるだけ離れようと時々小走りになりながら歩いた。
「大丈夫?」
息を切らした私を心配して言ってくれた彼女に、コクリと頷く。
「でも麻灯ちゃん、逃げるって言っても一体どこへ?」
「それなんだよね。パパとママが捕まってる以上は家ってわけにもいかないし」
「隠れる場所なんて無いよ」
この国はとても狭いから、身を隠そうとしてもきっとすぐに見つかってしまう。
「逃げるって言ったら、やっぱ国外逃亡?」
麻灯ちゃんがイタズラっぽい顔で言った。
こんな時でも明るく笑ってくれてホッとする。
「わかんないけどさ、とりあえず港でも行ってみようか。船とかあるかも」
そう言うと麻灯ちゃんは、私の手を取った。
「もう船なんてないか」
夜七時になろうという今、港の船はどこかにしまわれているようで港には船着場の桟橋と駐車場、それに暗い海が広がっているだけだった。
「しょうがないね。とりあえず座ろっか」
麻灯ちゃんがベンチを指さした。
「作戦会議」
私の右隣に座った彼女は脚を投げ出して、ブラブラと揺らすと足を眺めるように見つめた。
「とか言って、全然作戦なんて無いけどね」
「だよね。パパとママ、大丈夫かな」
そう言葉を発して、それから今までのことを思い出した。
「ねえ麻灯ちゃん」
「んー?」
「私、ずっと謝りたかったことがあるの」
そう言うと、彼女は顔を上げた。
「子どもの頃からずっと……パパとママを独り占めしてごめんね」
麻灯ちゃんはどういうわけかキョトンとしている。
「え? そんなの当たり前じゃない? あんたは心臓の病気なんだから。親だったらつきっきりになるでしょ」
強がっている風でもなく、彼女は平然と言った。
「え、で、でも……麻灯ちゃん、いつも病院に来たら眉間にシワが寄ってて」
他の時だって、いつも何か言いたげな顔で私を見ていた。
「あれって——」
私が言いかけたところで麻灯ちゃんが「あはは」と大きな声で笑い出した。
「そんな風に思ってたわけ?」
「う、うん、だって」
「それ全然違うよ。むしろ悪いと思ってたのはこっちの方」
「え?」
麻灯ちゃんは私の右手に自分の左手を絡めると、自分の左胸に当てた。
「あんたに苦しいこと全部背負わせて、私ばっかり走り回って申し訳ないって思ってた」
「え……」
「この心臓が……ずるくてごめんって」
「うそ……うそ……」
予期せず彼女の本音を聞いて、お互いに後ろめたさを感じていたんだと知って、頬を温かいものが伝う。
「ずっと嫌われてるって思ってた」
「そんなわけないじゃん」
麻灯ちゃんの頬にも同じように光る筋ができている。
彼女に抱き寄せられて、ぎゅっと抱きしめられる。
「優灯にとっては、もちろん苦しくて辛いことだけどさ、こんなことになって思うよ。心臓だけでもこんなに違う私たちが、DNAが同じってだけで同じ物のように扱われるなんて、どう考えてもおかしい。どちらかがいらない物みたいに扱われるなんて」
確かにそうだ。私たちは性格だってこんなに違うんだから。
「昔、いたずらしてママに二人して怒られた時に言ったよね」
胸の中で頷く。
「「二人いれば大丈夫」」
声が揃って、二人で「ふふ」っと笑う。
「だから——」
「素晴らしい」
突然、聞き覚えのある男性の声と拍手の音が聞こえた。
声の方向——ベンチの前に顔を向けると、そこに立っていたのは火垣総理だった。
「え、どうして……」
思わずつぶやいてしまった。
「どうしてって、何が?」
「だって誰も追って来なかったのに」
「ああ、うん。だって別にルール違反ではないからね」
総理は視聴覚室のスクリーンと変わらない、どこか飄々とした口調で答える。
「ルール?」
麻灯ちゃんが訝しそうに聞く。
「私が君たちに言ったのは、どちらを粛清するか決めてくれというだけで、あの部屋から出てはいけないなんてひと言も言っていない」
私の心臓が、ドクンドクンとイヤな音を立て始める。それに血の気が引いていくのがわかる。
「だから、心が通じ合った一卵性双生児がどんな結論を出すのか、ここで私に見せてくれるんだろう?」
「は? 何言ってんの? 殺し合いなんてするわけないじゃない」
総理はため息をついた。
「なら、ご両親に別れの挨拶でもしてもらおうか」
「あ、麻灯ちゃん……どうしよう」
「大丈夫だから」
そう言うと、麻灯ちゃんは上着のポケットから拳銃を取り出した。
「スクリーン越しに何度も思った、あんたを殺してやりたいって」
「うーん……それは少々困るな」
総理の態度に、麻灯ちゃんが苛立って奥歯をギリっと鳴らしたのがわかった。
「待って、ダメだよ」
このままでは彼女が人殺しになってしまう。
「でもこれしか……」
私も上着のポケットを漁る。
「ねえ麻灯ちゃん、やっぱり死ぬのは私でいいよ」
「は……?」
麻灯ちゃんの視線がこちらに向く。
「これ、持ってきたの」
拳銃や他の武器と一緒にこっそり持ち出した青酸カリのカプセルを見せる。
「何言ってるの?」
「だってやっぱり苦しいんだもん、心臓。もうずっと死ぬ覚悟はできてるの」
戸惑いの色を隠さない麻灯ちゃんの瞳を真っ直ぐ見据える。
「最後まで美しい姉妹愛だな」
総理の声にハッとする。
「だけど、また銃を向けられるとかなわないのでね。仁礼姉妹は二人とも粛清させてもらおうと思う」
総理の手には拳銃が握られている。その銃口は麻灯ちゃんに向けられている。
誰も言葉を発さず、冷や汗が止まらない。
役立たずの心臓の音だけがドクンドクンと耳に響き続けている。
どうしよう。
どうすれば——。
「全員その場で手を上げなさい」
膠着状態の私たちに拡声器を使ったような声が浴びせられた。
三人のうちの誰も状況を把握できなかったと思う。
わけがわからず呆然としてしまい、次に総理を見た時には、彼は体躯の大きな数人の男性に取り押さえられていた。
「火垣明善、殺人教唆、自殺教唆、脅迫罪で令状が出ている」
麻灯ちゃんが『逃げよう』なんて言うなんて。
だってずっと、嫌われてるって思っていたから。
◇
三十分ほど前。
外は暗くなり始めていて、最後に時計を見た時は六時半だった。
私、仁礼優灯と双子の姉の麻灯ちゃんは中学校の視聴覚室にいた。
そこにはたくさんの凶器? 武器? らしきものが置かれていた。
そしてそれを使って私と麻灯ちゃんが、どちらか一方を……殺す……んだと、スクリーン越しに火垣総理から説明を受けた。
例の、一卵性双生児粛清法によるものだって。
麻灯ちゃんは『は? 頭おかしいんじゃないの?』なんて言っていたけど、正直なところ私はあまり動揺しなかった。
死ぬのは私だって、ずっと前から決まっているんだから。
『優灯も黙ってないで何とか言いなさいよ。このままじゃどっちかが死ぬのよ』
『私は……』
同じショートカットで同じ顔なのに、メイクのせいか猫みたいな強気な目をした麻灯ちゃんに見つめられて、双子だというのに緊張して口ごもってしまう。
我ながら、なんて情けないんだろう。
『え、えっと……』
『何よ、死にたくなんてないでしょ?』
『で、でも……それじゃあパパとママが』
総理は、私たちのどちらかが死ななければ両親が死ぬと言った。
『全員死なない方法を考えようよ。おかしいでしょ? 一卵性の双子ってだけで死ななくちゃいけないなんて』
それは本当にその通りだ。遺伝子の多様性だなんて言っているけれど、どこか腑に落ちない。
だけどその法律が間違っていたとしても、私は……。
『私はどっちみち、もうすぐ死ぬから……っていうか、十八歳まで生きられないって言われてたのに、今こうして十八歳になってて……もう十分、かも……』
私は生まれた時から心臓に持病を抱えている。一卵性双生児だけど、私だけが。
活発な麻灯ちゃんと違って運動は禁止されて、学校にだってあまり通えなかったから友達だってほとんどいない。入退院も繰り返してきた。
だけどそれで寂しいなんて思ったことはなくて、むしろ麻灯ちゃんに申し訳ないと思って生きてきた。
ずっとパパとママを独り占めしてしまっていたから。
『バカなの? あんたが十八歳まで生きられたのは、今日死ぬためじゃないでしょ?』
麻灯ちゃんは昔からこうやって少し私を責めるように話す。きっと、私のことが嫌いなんだと思う。
『でも……』
『だったら!』
麻灯ちゃんが机の上の包丁を手に持った。
『今すぐ死ねば?』
『え!?』
『だって、死んでいいんでしょ? パパやママのために死にたいんでしょ? だったら、胸を刺すでも首を切るでも、好きにしなさいよ』
彼女が私に包丁を差し出したから、思わずじっと見つめてしまう。そして思わず刺したり切ったりするところを想像してしまった。
『ほらね、無理でしょ? 昔から痛いのが苦手なんだから』
『え……? どうして知ってるの?』
最近は注射だって点滴だって随分慣れて、そんな素振りを見せる場面はなかったはずだ。
『忘れるわけないでしょ。それに……』
忘れるわけない?
『私だって痛いのは苦手なんだから』
そう言った麻灯ちゃんの表情が照れくさそうで、思わずまじまじと見てしまった。
『何よ。当たり前でしょ? 双子なんだから』
『麻灯ちゃんがそんな風に思ってるなんて……びっくり……』
彼女の口から『双子なんだから』なんて言葉が出るとは思わなかった。
驚く私にまた照れくさそうな顔をするから、思わずクスッと笑ってしまった。
彼女は「ンンッ」と咳払いをすると、キョロキョロと教室内を見回した。
それから机の上の鉛筆と紙を手にして、ごくごく小さな文字を書いた。
【会話は聞かれてるかもしれない】
『え? でも、さっきの火垣総理の感じでは——』
『あ! トランプでもする?』
麻灯ちゃんは、私の言葉に被せるように言うと、目で合図を送ってきた。
『二人じゃつまらないか』
【会話はテキトーにこの空間をイヤがっているようなカンジで】
器用に、話しながらシャッシャッと素早く鉛筆を動かす。
私は小さな文字を目で追うだけで一杯一杯だ。
カメラがあっても読み取れないくらいの小さな文字。
【逃げよう】
思わず『え⁉︎』と出そうになったのを、必死で飲み込んだ。
代わりに【どこへ?】と小さく唇を動かした。
『ビンゴなんて誰がやるのよ』
【わからないけど、ここにいたらどうせシぬ】
それはそうだけど……。
『このビンゴカード何枚あるわけ?』
【武器を持っていく】
『ねえ、優灯』
『え』
【二人で逃げよう、イッショに】
麻灯ちゃんの目を見て、それからまた手元もとを見た。
【二人いれば大丈夫】
——『わたしたちは、ふたりいればだいじょうぶ』
ずっと昔、子どもの頃にも麻灯ちゃんが言ってくれた気がする。
◇
それから私たちは、拳銃やカッターナイフ、それにロープなんかを持って中学校から逃げ出した。
意外にも視聴覚室の外には見張りがいなかった。
「まさか法律を破って逃げ出すやつがいるなんて思ってなかったのかもね」
麻灯ちゃんは楽観的に笑う。
通っていた中学校だったから、校舎の中も学校の周りの路地も迷わずに進むことができたから、とにかくあそこから離れられるだけ離れようと時々小走りになりながら歩いた。
「大丈夫?」
息を切らした私を心配して言ってくれた彼女に、コクリと頷く。
「でも麻灯ちゃん、逃げるって言っても一体どこへ?」
「それなんだよね。パパとママが捕まってる以上は家ってわけにもいかないし」
「隠れる場所なんて無いよ」
この国はとても狭いから、身を隠そうとしてもきっとすぐに見つかってしまう。
「逃げるって言ったら、やっぱ国外逃亡?」
麻灯ちゃんがイタズラっぽい顔で言った。
こんな時でも明るく笑ってくれてホッとする。
「わかんないけどさ、とりあえず港でも行ってみようか。船とかあるかも」
そう言うと麻灯ちゃんは、私の手を取った。
「もう船なんてないか」
夜七時になろうという今、港の船はどこかにしまわれているようで港には船着場の桟橋と駐車場、それに暗い海が広がっているだけだった。
「しょうがないね。とりあえず座ろっか」
麻灯ちゃんがベンチを指さした。
「作戦会議」
私の右隣に座った彼女は脚を投げ出して、ブラブラと揺らすと足を眺めるように見つめた。
「とか言って、全然作戦なんて無いけどね」
「だよね。パパとママ、大丈夫かな」
そう言葉を発して、それから今までのことを思い出した。
「ねえ麻灯ちゃん」
「んー?」
「私、ずっと謝りたかったことがあるの」
そう言うと、彼女は顔を上げた。
「子どもの頃からずっと……パパとママを独り占めしてごめんね」
麻灯ちゃんはどういうわけかキョトンとしている。
「え? そんなの当たり前じゃない? あんたは心臓の病気なんだから。親だったらつきっきりになるでしょ」
強がっている風でもなく、彼女は平然と言った。
「え、で、でも……麻灯ちゃん、いつも病院に来たら眉間にシワが寄ってて」
他の時だって、いつも何か言いたげな顔で私を見ていた。
「あれって——」
私が言いかけたところで麻灯ちゃんが「あはは」と大きな声で笑い出した。
「そんな風に思ってたわけ?」
「う、うん、だって」
「それ全然違うよ。むしろ悪いと思ってたのはこっちの方」
「え?」
麻灯ちゃんは私の右手に自分の左手を絡めると、自分の左胸に当てた。
「あんたに苦しいこと全部背負わせて、私ばっかり走り回って申し訳ないって思ってた」
「え……」
「この心臓が……ずるくてごめんって」
「うそ……うそ……」
予期せず彼女の本音を聞いて、お互いに後ろめたさを感じていたんだと知って、頬を温かいものが伝う。
「ずっと嫌われてるって思ってた」
「そんなわけないじゃん」
麻灯ちゃんの頬にも同じように光る筋ができている。
彼女に抱き寄せられて、ぎゅっと抱きしめられる。
「優灯にとっては、もちろん苦しくて辛いことだけどさ、こんなことになって思うよ。心臓だけでもこんなに違う私たちが、DNAが同じってだけで同じ物のように扱われるなんて、どう考えてもおかしい。どちらかがいらない物みたいに扱われるなんて」
確かにそうだ。私たちは性格だってこんなに違うんだから。
「昔、いたずらしてママに二人して怒られた時に言ったよね」
胸の中で頷く。
「「二人いれば大丈夫」」
声が揃って、二人で「ふふ」っと笑う。
「だから——」
「素晴らしい」
突然、聞き覚えのある男性の声と拍手の音が聞こえた。
声の方向——ベンチの前に顔を向けると、そこに立っていたのは火垣総理だった。
「え、どうして……」
思わずつぶやいてしまった。
「どうしてって、何が?」
「だって誰も追って来なかったのに」
「ああ、うん。だって別にルール違反ではないからね」
総理は視聴覚室のスクリーンと変わらない、どこか飄々とした口調で答える。
「ルール?」
麻灯ちゃんが訝しそうに聞く。
「私が君たちに言ったのは、どちらを粛清するか決めてくれというだけで、あの部屋から出てはいけないなんてひと言も言っていない」
私の心臓が、ドクンドクンとイヤな音を立て始める。それに血の気が引いていくのがわかる。
「だから、心が通じ合った一卵性双生児がどんな結論を出すのか、ここで私に見せてくれるんだろう?」
「は? 何言ってんの? 殺し合いなんてするわけないじゃない」
総理はため息をついた。
「なら、ご両親に別れの挨拶でもしてもらおうか」
「あ、麻灯ちゃん……どうしよう」
「大丈夫だから」
そう言うと、麻灯ちゃんは上着のポケットから拳銃を取り出した。
「スクリーン越しに何度も思った、あんたを殺してやりたいって」
「うーん……それは少々困るな」
総理の態度に、麻灯ちゃんが苛立って奥歯をギリっと鳴らしたのがわかった。
「待って、ダメだよ」
このままでは彼女が人殺しになってしまう。
「でもこれしか……」
私も上着のポケットを漁る。
「ねえ麻灯ちゃん、やっぱり死ぬのは私でいいよ」
「は……?」
麻灯ちゃんの視線がこちらに向く。
「これ、持ってきたの」
拳銃や他の武器と一緒にこっそり持ち出した青酸カリのカプセルを見せる。
「何言ってるの?」
「だってやっぱり苦しいんだもん、心臓。もうずっと死ぬ覚悟はできてるの」
戸惑いの色を隠さない麻灯ちゃんの瞳を真っ直ぐ見据える。
「最後まで美しい姉妹愛だな」
総理の声にハッとする。
「だけど、また銃を向けられるとかなわないのでね。仁礼姉妹は二人とも粛清させてもらおうと思う」
総理の手には拳銃が握られている。その銃口は麻灯ちゃんに向けられている。
誰も言葉を発さず、冷や汗が止まらない。
役立たずの心臓の音だけがドクンドクンと耳に響き続けている。
どうしよう。
どうすれば——。
「全員その場で手を上げなさい」
膠着状態の私たちに拡声器を使ったような声が浴びせられた。
三人のうちの誰も状況を把握できなかったと思う。
わけがわからず呆然としてしまい、次に総理を見た時には、彼は体躯の大きな数人の男性に取り押さえられていた。
「火垣明善、殺人教唆、自殺教唆、脅迫罪で令状が出ている」