私は来ないカイルを待ちながら、退屈な日々をただ過ごしていた。
誕生日まではまだ随分時間がある。
カイルとグレグは、いまどこで何をしてるのだろう。
私より背の低い幼いカイルが、年齢不詳の恐ろしい大魔法使いに、酷い扱いを受けている姿を思い浮かべ、身を震わせる。
いくら願ってもどうしようも出来ないまま、5日目の夜を迎えた時、ようやくカラスが塔を訪れた。

「遅い! もう来ないかと思ってた」

 窓を開けると、黒く大きなカラスが部屋に飛び込んで来る。
何かを探るようにぐるりと部屋を一周すると、彼は入ってきた窓辺に舞い降りた。

「お前はソファーに座れ」

「分かったわよ。随分警戒心が強いのね」

 最初に彼を捕まえたのが、失敗だったかしら。
私は仕方なく窓からゆっくりと離れ、指示された通りソファーに腰掛ける。
それを見届けると、彼は姿をカラスから少年に変えた。

「ふっ。お前の方こそ、俺が怖くないのか?」

「怖くなんかないわ。私が恐れる必要なんて、どこにもないもの。どうしてすぐに来なかったのよ」

 カイルは窓辺に座ったまま片膝を立てると、そこに腕を置いた。

「グレグさまは、南の海へ海獣を捕らえに出発したんだ。その準備で忙しかったんだよ」

「南の海?」

 ここは海から遠く離れた内陸の国だ。
私も海を直接見たことはない。

「随分遠い所まで出掛けたのね」

「そうだよ。大きな牙と角を持つ海獣さ。海の漁師が困ってるっていうんで、討伐に行ったんだ」

「悪い魔法使いのグレグが?」

「魚がお好きなんだ。新鮮な魚が手に入りにくいと知りお怒りになって、海獣退治に乗り出していったんだ」

「……。そう。で、呪いを解いてもらうための、条件を聞いてきてくれたんでしょうね」

「そんなもの、あるわけないだろ」

 カイルは立てた膝についた肘から、自分の指をペロリと舐めた。

「天下無敵のグレグさまが、譲歩するなんてあり得ないね。欲しいものがあれば、必ず手に入れられてきたお方だ。だが安心しろ。お前のことも一度手に入れれば、すぐに飽きて帰されるだろう。大人しく捕まったフリさえしておけば、俺が後から逃がしてやる」

「そんなことをして、カイルは罰を受けないの?」

「罰? 何だそれ」

「カイルは、グレグから酷い扱いをされてないのかなって」

「俺の心配をしているのか? 呆れたお姫さまだな」

 彼は顔を天井に向けると、幼い顔に似合わずケラケラと高らかに笑った。

「グレグさまの100年前の気まぐれなんて、もうとっくに忘れてるよ。確かにあの時はこの場所で大戦争をしたかもしれないが、もう昔の話だ。恨んでなんかいない。グレグさまだって、いつまでも田舎娘一人にこだわったりするような方じゃない」

「ならどうして、呪いを発動させたのよ」

「その時に仕込んだものが、100年経って動き出したってだけだ。わざわざ自分で来ず俺を見に寄こしたってことは、面倒だと思っている証拠。俺の報告次第では、話がウマくまとまるかもしれないぞ」

「どうしてあなたは、グレグと一緒に南の海へ行かなかったの?」

「なぜそんなことを、お前が知りたがるんだ?」

「……。きっと役立たずだから、置いていかれたのね」

「なっ、そんなことを言うようなら、俺はもう仲介役なんてやらないぞ!」

 バサリと彼の背に黒い翼が広がる。
このまま飛び帰ってしまおうっていうの?

「待って! カイルが本当に、グレグの使いだという証拠がないわ。あなたがその正体を明らかに出来ない以上、交渉役として私たちがあなたを選ぶことも、ありえないってことよ」

 これはドットからの入れ知恵だ。
彼にはカイルのことを、全て正直に話している。
まずは正体を確かめろと、指示を受けていた。

「フッ。なるほど。そういうことか。だったらいいだろう」

 彼はそう言うと、自分の来ていたシャツのボタンを一つ一つ外し始めた。