「カイルが、グレグの使いっていうのは、本当なの?」

「あぁ、本当だ。呪いを受けたウィンフレッドが、どんな姫なのか様子を見てこいと言われて、やってきた」

 彼はこちらを警戒しながらも、赤い琥珀色の髪と目をした私を、まっすぐにじっと見ている。

「あなたもグレグに捕まっているの?」

「は? どういうことだ」

「使いって、あなたもどこかの国でグレグにさらわれて、カラスにされちゃったとか?」

「え? ちょっと話が見えない。どういうこと?」

「だから、カイルも私のようにグレグに魔法をかけられて、逃げられないまま使われてるとか?」

 彼は一瞬、きょとんとした顔を見せたかと思ったとたん、お腹を抱えて笑い始めた。

「あはははは! 誰がそんなヘマするかよ。俺は奴に直接頼み込んで弟子にしてもらったんだ。なにせグレグさまは、世界一の魔法使いだからな」

 彼はその美しい顔に、ニヤリと得意気な笑みを浮かべる。

「弟子をとったの? あのグレグが? それでカイルは、彼と一緒にいるってこと?」

「あぁ、そうだ」

 カイルは上機嫌で、フンと鼻を鳴らした。
グレグの呪いのことを知ってから、その大魔法使いについて書かれたありとあらゆる書物をかき集め、徹底的に調べあげた。
遙か昔から生きていて、いまいくつなのか誰も知らないこと。
あらゆる魔法に長けていて、変幻自在に姿かたちを変え、どこへでも自由に飛んで行けること。
人嫌いで、権力や支配に興味がなく、常にどこかに身を隠し、誰も彼の居場所を知らない等々……。

「グレグはいま、どこにいるの?」

「フッ。そんなこと、教えられるワケないだろう」

「弟子がいるだなんて、聞いたことなかったわ」

「そうだろうな。俺だってまだ、そうと認められてはないんだから」

「ちょっと待って。じゃあカイルが、勝手に弟子を名乗ってるってこと?」

「それは違う。そうじゃない」

 彼の身分を疑い始めた私に、カイルは一生懸命次の言葉を探していた。

「そ、そうじゃなくて……。その、なんて言うか、弟子として認めてもらうための初仕事が、お前の偵察だったってこと」

「それなら、もう失敗してるじゃない」

「失敗ではない! これからお前のことを探って報告すれば、仕事をしたことになるだろう」

「それじゃあ、私に何のメリットもないわ」

「お前のメリットってなんだよ」

「呪いを解いてもらうこと」

 私はソファーに腰掛けたまま、グレグの使いだという窓枠に腰掛けた幼い少年を見上げた。

「グレグに伝えて。あなたの元へは行かない。ここに残って、父も母も兄たちも、この城にいるみんなのことも守る。どうしても私が欲しいのなら、直接顔を見せなさいって」

「お前なんかが、グレグに敵うわけないだろう」

「呪いを解くための条件を出せって言ってるのよ。問題解決のためには、交渉が必要でしょ」

「言いたいことはそれだけか?」

 私はもう一度、彼の蒼い目をしっかりと見据えた。

「私はグレグのものにはならない。ラドゥーヌ王家にかけられた呪いを解くための、条件を教えて」

「分かった。ではお前の言葉を、そのまま伝えておこう」

 彼は座っていた窓枠を掴むと、そのままそこに立ち上がり背を向けた。

「じゃあな、姫さま。またいつか会えるといいな」

 パッと大きなカラスに姿を変えると、彼は滑るように夜の闇の中へ飛び去ってゆく。
慌てて駆け寄った窓から身を乗り出すと、私はありったけの声で叫んだ。

「カイル! さっきの返事、ちゃんと持ってきなさいよ! 『またね』じゃなくて、ここで待ってるから! じゃないと絶対、許さないんだからね!」

 カラスは空高く舞い上がると、夜空に大きな円を描く。
彼はそのまま、明かりの消えた街の向こうへゆっくりと飛び去っていった。