「あれだけの魔法使いを前にして、抵抗しようという方が間違いですよ。より被害を最小限に抑えたいのなら、戦わず交渉しかない」

「ドットがそう判断するなら、私もそれに従うわ」

 とは言っても、なんの用意もないまま迎えるワケにもいかないので、騎士団と魔法師たちは、配置せざるを得ないらしい。

「ドットがカッコよく追い払ったことにすればいいんじゃない?」

「先日のようにですか?」

「えぇ」

 それでもドットには、まだ納得がいかないらしい。
「グレグがどう思うか」とか「周囲は誤魔化せても私自身の恥だ」とか何とか、ブツブツ愚痴をこぼし続けている。
紅茶もすっかり冷めてしまった。

「あ。ですが、ウィンフレッドさまに犠牲になれと言っているのではないですよ。もちろんそれは全力でお守りします」

「そうね……」

 カイル……、いや、グレグは今、何を思っているのだろう。
私は手にしたカップをソーサーに置いた。

「何とか交渉の手段を見いだしましょう。彼の望みが身代金であるのなら、国王夫妻は金額を惜しまないお覚悟です」

「だけど、そのことで国民に重税をかけたくはないわ」

「それは我々の考えるべき問題です。ウィンフレッドさまはご心配なさらぬよう。とにかく、力では決して敵わぬ相手です。無事に話し合いに応じてくれればいいのですが……」

 私はテーブルを立ち、窓から街の景色を眺めた。
彼と一緒にパンの欠片を食べた屋根の上からは、この塔がよく見えていた。
それなのに、こちらからではその場所を特定することも出来ない。
カラスに化けたグレグがここを去ってから、どれだけ彼を呼んでも、もう姿を現すことはなかった。
呼んだら必ず来るって約束したのに。
ウソつき。

「本当に、このまま終わるのかしら……」

 彼がいつも座っていた窓枠に額をすり付ける。
もう会えなくなってしまうことが寂しい。
私とここで会っていても、いつも話題は身代金のことばかりだった。
そんなに困っていたの? 
だけどきっと、彼が欲しいのはお金じゃない。

「ウィンフレッドさま……」

 私を心配したドットが、肩に手を置いた。

「お気を確かに。ウィンフレッドさまが笑顔でいられるのなら、我々はどんな犠牲も厭わない覚悟でございます」

 ドットや城の者たちの、その気持ちはとてもありがたい。
それは本当にとてもありがたく思ってはいるのだけど……。

 私は肩に乗せられた手を振り払うようにして、彼に向き直った。

「お願いがあるの。当日の警備のことよ。私の言う通りに準備して」

「! わかりました。ではウィンフレッドさま。どのようなお考えか、まずは私にお聞かせくださいますか」

「もちろんよ」

 テーブルにつき、城内の図面を広げる。
私の誕生日まで、あと5日に迫っていた。