パンタニウムの花祭りは、よく晴れた日の3日間が選ばれることになっている。
花の咲く時期に合わせ、天候の変化しやすい季節の変わり目に、3日連続で晴れる日を予め予測し開催期日を決めるのが、魔法庁の腕の見せ所でもある。

 私は塔のてっぺんに閉じ込められたまま、相変わらず退屈な日々を送っている。
気まぐれに訪れてくれるカイル以外、話し相手もいない。
彼のことは、自分から呼び出せなくなってしまった。
嫌われるのが怖い。
大切な交渉役のはずなのに、会いたいのに会いたくない。

 見下ろす城下町では、淡く薄紫色に咲くパンタニウムの花祭りの準備が始まっていた。
この城下街で最も愛される、ラドゥーヌ王家を象徴する花だ。
各家庭で育てられている花が通り一面に並べられ、広場には市が立ち、住民たちによるダンスパレードが行われる。
毎年王家に献上されるこの花に囲まれて、パレードを見るのが楽しみだった。

 ふと見ると、塔の下では、侍女の誰かが人目を忍んで兵士にその花束を渡している。
誰かに見られているなんて、思ってもいないのだろう。
パンタニウムの花言葉は「永久の愛を誓う」だ。
花束を受け取った兵士は、突然の出来事に戸惑いを隠せていない。
侍女は顔を真っ赤にしたまま、どこかへ走り去ってしまった。
彼らの頭上遙か高い塔の上に、私は一人取り残されている。

 塔でのお茶会は、祭りの最終日に行われることになっていた。
前の2日間で行われたパレードで、優秀賞に選ばれたチームを庭に招待している。
ドットの計らいで、選ばれた親しい友人たちにも、招待状が送られていた。

「あぁ! 久しぶりに外に出られるのね。どれだけ今日が楽しみだったか分かる?」

「お綺麗ですよ、ウィンフレッドさま」

 この日のために、新しいドレスを用意してもらった。
薄紫色に咲く花に合わせて、淡いピンクと柔らかなライトグリーンの刺繍をあしらったドレスだ。
軽い素材に、スカートがふわりと翻る。
カイルにも見てほしかったな。
彼に興味を持ってもらおうと、ドレスの相談とデザイン案は、散々塔の上で飽きるほど聞いてもらっていたのに。
実際に着ているところは見に来てくれなかったのね。
真っ白なリボンが、赤い琥珀色の髪に結ばれる。
カイルの翼の色と同じ、黒いリボンにしたかったけれど、今日は侍女たちの選んでくれた白いレースのリボンを結ぶ。
迎えには、騎士の称号を持つエバンス侯爵家の長男ロッティが、真新しい制服を着て控え室で待っていた。

「お久しぶりです。ウィンフレッドさま」

 彼はきっちりと整えた黒い髪で、ゆっくりと丁寧な挨拶をする。

「久しぶりね、ロッティ。元気にしてた?」

 差し出された手に、自分の手を重ねる。
いつも意気揚々とエスコートしてくれていた彼の様子が、今日はなんだかぎこちない。

「うふふ。なによ。緊張しているの?」

 彼は幼い頃から両親によって選ばれた、私の「友人」だ。
将来を見据え、付き合う相手は全て家の都合によって決められている。
彼らは常に私にとってよき友人であり、よき理解者だった。

「いえ。そういうわけではございません」

 口ではそう言ったものの、彼の顔は心なしか青白い。
いつもなら腰に手を回し寄り添うように歩いていたのが、今日はすぐに手を放し、私の一歩後ろを歩いている。

「急に大人になったように振る舞うのね。社交界デビューを済ませた余裕かしら?」

 彼は私より4つ年上の19歳だ。
私も16の誕生日を過ぎれば、デビューが決まっている。

「その16の誕生日を、無事迎えられればいいのですが……」

「どういうこと?」

 塔の真下にある空き地のようなところに、今回のお茶会が用意されていた。
テーブルにはソルトン公爵家のヘイドンと、バナロン侯爵家のエレナ、ジョーンズ伯爵家のローラの姿も見える。
いずれも父王が友人に相応しいと選んだ相手だ。

「まぁ。皆さんお揃いで! うれしいわ。ずっとこの塔の上に閉じ込められていて、酷く退屈だったのよ」

 エレナは大きく扇を開くと、その口元を隠した。

「本当に大丈夫ですの? 16の誕生日はまだとはいえ、いつグレグが襲ってくるか分からないのでしょう?」

 いつも派手すぎるドレスに身を包んでいるのに、今日のエレナはエレナにしては大人しい。
いつもニコニコと明るく朗らかなローラも、青ざめた様子で身を乗り出す。

「そうですよウィンフレッドさま。このようなお茶会を開いている場合ではございませんわ。身の安全のためにも、今後は控えた方がよろしいかと」

 私がロッティの引いてくれた椅子に腰掛けると、ヘイドンはあからさまに不満を口にした。

「こんなことになるなら、もっと早く紋章が現れていたらよかったのにな。そうすれば、王女の存在など、国王も表に出さなかったかもしれないのに。もしかしたら今までの王は、賢くそうしていたのかもしれないな。それを今の国王ときたら、王妃さまの我が儘に応じ、王女が生まれないようにする祝福を受けさせなかったとは。そんなことで王が務まるのか……」

 重厚な鎧兜に身を包んだ兵士たちが、テーブルの周囲を剣や槍を手に取り囲んでいる。
法衣を来た宮廷魔法師たちも、総出で警備に当たっていた。