「フン。魔法の臭いがするな。それもかなり強い魔法の臭いだ。宮廷魔法師が来てたのか」
「ドットのこと? ドットなら、毎朝一緒にここで朝ご飯を食べているわ」
「なるほどね。で、そいつとなら俺とは違って、きちんと話し合いが出来てるんだろうな」
「私の身代金を決めるのよ。そう簡単には決まらないわ。莫大な金額になるもの」
「そりゃそうだ。そうじゃなきゃ、グレグさまだって納得はしない」
彼はカラスのまま、テーブルに残されていたクッキーをくちばしでくわえた。
「人間に戻った方が、食べやすいのに」
それでもカイルはカラスのまま、すっかり慣れたようすで一飲みにしてしまう。
「ねぇ、カイル。グレグはお金が欲しかったの?」
「さぁね。金は必要だろうが、特に困ってもいないけどな」
「じゃあお金なんていらないじゃない」
「知らねーよ。俺はグレグさま本人じゃないんだから」
彼のために冷ました紅茶を、ティーカップに注ぐ。
カイルはすぐにくちばしをつけると、頭を上に向け器用に紅茶を飲む。
「ねぇ、人間になった方が早くない?」
「イヤだね。このままの方が気が楽だ」
「どうして? 人間の方がいいじゃない」
「昼間は人の姿になれないようにされてんだよ。昼間はカラスで、夜だけ人間に戻れる魔法だ。それが俺にかけられた呪い」
「そうだったのね……」
手を伸ばすと、彼はそこに柔らかな黒い頭を擦り付けてくる。
その羽根に逆らうようになでてくすぐると、気持ちよさそうに目を閉じた。
「カイルは、グレグを恨んでないの?」
「どうして恨む必要がある」
「あなたをカラスの姿に変えたのに」
「別に。空も飛べるしなんともないね」
カイルはブルリと羽根を震わせ体を膨らますと、そのままテーブルの上にしゃがみ込んだ。
「お前はグレグを恨んでいるのか?」
「大嫌いよ。私は何にも悪いことをしていないのに、どうしてこんな所に閉じ込められなきゃいけないの? 恨むなら、ひいおじいさまで終わりにすればよかったのよ。連れ去られて何をされるかと思うと、怖くて夜も眠れないわ」
「その割には、元気そうにしているけどな」
「あ、あなただってそうでしょう?」
私はテーブルにちょこんと座るカラスのカイルに、グッと顔を近づけた。
「ねぇ、一緒にグレグを倒して、自由の身にならない?」
「それは無理だ」
「どうしてよ。私の呪いを解く方法があるなら、カイルの呪いを解く方法もあるはずよ。ねぇ、聞いてカイル」
一人と一羽しかいない塔のてっぺんで、私は声をひそめる。
「私たちが手を組めば、きっとグレグを倒せるわ。そうしたら、もうあなたを苦しめるものもなくなる。私たちは自由の身になって、あなたと一緒にどこにだっていけるようになるわ」
「俺にグレグを裏切れと?」
カイルはもう一度全身をブルリと震わせた。
「ここから出て行きたいのなら、俺が逃がしてやる。お前なら、どこでもやっていけるだろう」
「その時はカイルも一緒よ」
「それはないね。俺はグレグから逃れられない運命なんだ。それをお前に同情されるつもりもない。身代金は出せるだけでいい。俺がかけあってやる。大丈夫だ。あいつなら俺の話に耳をかしてくれる」
「カイルはそれでいいっていうの!?」
バン! っとテーブルを叩き、立ち上がった。
「私はグレグなんて大嫌いよ。あんな奴のところに、一時でも身を預けるなんて耐えられない。触れられるのも口を利くのもごめんだわ」
「そうか。お前はここに閉じ込められたことに、それだけ腹を立てていたんだな」
「当たり前よ。私とカイルの自由を奪った罪は大きいわ」
「お前の意志はよく分かった」
カイルはテーブルの上に立ち上がると、その両翼をわずかに開いた。
「もうすぐグレグが、南の海から戻ってくる。そうなれば、俺も今のように頻繁にここへ来られない」
彼は固い爪をカチカチと鳴らしてから、ぴょんとひと飛びで窓に飛び移る。
「だからそれまでに、早く身代金の金額を決めておくんだな。もうこの際、いくらでもいいだろ。お前と話していても、時間の無駄だった」
カイルが翼を広げた。
「ねぇ、待って! なんでカイルが怒って……」
その声に振り返ることなく、滑るように飛び去ってゆく。
私はまた、部屋に一人取り残されてしまった。
眠くて仕方がなかったはずなのに、今はもう全然眠たくない。
カイルに断られた。
彼は私よりグレグを選んだ。
カイルは本当に、自分の意志でグレグのところにいるの?
それとも何か理由があって、グレグから逃れたくても逃れられないだけ?
「ドットのこと? ドットなら、毎朝一緒にここで朝ご飯を食べているわ」
「なるほどね。で、そいつとなら俺とは違って、きちんと話し合いが出来てるんだろうな」
「私の身代金を決めるのよ。そう簡単には決まらないわ。莫大な金額になるもの」
「そりゃそうだ。そうじゃなきゃ、グレグさまだって納得はしない」
彼はカラスのまま、テーブルに残されていたクッキーをくちばしでくわえた。
「人間に戻った方が、食べやすいのに」
それでもカイルはカラスのまま、すっかり慣れたようすで一飲みにしてしまう。
「ねぇ、カイル。グレグはお金が欲しかったの?」
「さぁね。金は必要だろうが、特に困ってもいないけどな」
「じゃあお金なんていらないじゃない」
「知らねーよ。俺はグレグさま本人じゃないんだから」
彼のために冷ました紅茶を、ティーカップに注ぐ。
カイルはすぐにくちばしをつけると、頭を上に向け器用に紅茶を飲む。
「ねぇ、人間になった方が早くない?」
「イヤだね。このままの方が気が楽だ」
「どうして? 人間の方がいいじゃない」
「昼間は人の姿になれないようにされてんだよ。昼間はカラスで、夜だけ人間に戻れる魔法だ。それが俺にかけられた呪い」
「そうだったのね……」
手を伸ばすと、彼はそこに柔らかな黒い頭を擦り付けてくる。
その羽根に逆らうようになでてくすぐると、気持ちよさそうに目を閉じた。
「カイルは、グレグを恨んでないの?」
「どうして恨む必要がある」
「あなたをカラスの姿に変えたのに」
「別に。空も飛べるしなんともないね」
カイルはブルリと羽根を震わせ体を膨らますと、そのままテーブルの上にしゃがみ込んだ。
「お前はグレグを恨んでいるのか?」
「大嫌いよ。私は何にも悪いことをしていないのに、どうしてこんな所に閉じ込められなきゃいけないの? 恨むなら、ひいおじいさまで終わりにすればよかったのよ。連れ去られて何をされるかと思うと、怖くて夜も眠れないわ」
「その割には、元気そうにしているけどな」
「あ、あなただってそうでしょう?」
私はテーブルにちょこんと座るカラスのカイルに、グッと顔を近づけた。
「ねぇ、一緒にグレグを倒して、自由の身にならない?」
「それは無理だ」
「どうしてよ。私の呪いを解く方法があるなら、カイルの呪いを解く方法もあるはずよ。ねぇ、聞いてカイル」
一人と一羽しかいない塔のてっぺんで、私は声をひそめる。
「私たちが手を組めば、きっとグレグを倒せるわ。そうしたら、もうあなたを苦しめるものもなくなる。私たちは自由の身になって、あなたと一緒にどこにだっていけるようになるわ」
「俺にグレグを裏切れと?」
カイルはもう一度全身をブルリと震わせた。
「ここから出て行きたいのなら、俺が逃がしてやる。お前なら、どこでもやっていけるだろう」
「その時はカイルも一緒よ」
「それはないね。俺はグレグから逃れられない運命なんだ。それをお前に同情されるつもりもない。身代金は出せるだけでいい。俺がかけあってやる。大丈夫だ。あいつなら俺の話に耳をかしてくれる」
「カイルはそれでいいっていうの!?」
バン! っとテーブルを叩き、立ち上がった。
「私はグレグなんて大嫌いよ。あんな奴のところに、一時でも身を預けるなんて耐えられない。触れられるのも口を利くのもごめんだわ」
「そうか。お前はここに閉じ込められたことに、それだけ腹を立てていたんだな」
「当たり前よ。私とカイルの自由を奪った罪は大きいわ」
「お前の意志はよく分かった」
カイルはテーブルの上に立ち上がると、その両翼をわずかに開いた。
「もうすぐグレグが、南の海から戻ってくる。そうなれば、俺も今のように頻繁にここへ来られない」
彼は固い爪をカチカチと鳴らしてから、ぴょんとひと飛びで窓に飛び移る。
「だからそれまでに、早く身代金の金額を決めておくんだな。もうこの際、いくらでもいいだろ。お前と話していても、時間の無駄だった」
カイルが翼を広げた。
「ねぇ、待って! なんでカイルが怒って……」
その声に振り返ることなく、滑るように飛び去ってゆく。
私はまた、部屋に一人取り残されてしまった。
眠くて仕方がなかったはずなのに、今はもう全然眠たくない。
カイルに断られた。
彼は私よりグレグを選んだ。
カイルは本当に、自分の意志でグレグのところにいるの?
それとも何か理由があって、グレグから逃れたくても逃れられないだけ?



