「あっ!」
大粒のルビーのブローチが、高い塔のてっぺんから夜の闇の中へ転げ落ちる。
その瞬間、カイルは迷うことなく即座に飛び降りた。
真っ逆さまに、一直線に落ちてゆく黒い影は、すぐに闇に紛れて姿が見えなくなる。
「カイ……ル?」
たとえ今が真昼であったとしても、この窓から落としたブローチを目で確かめることは出来ないだろう。
それほど高い塔の上にある部屋だ。
もしかしたら、もう……。
「ブローチが、割れた?」
ルビーほどの硬い石でも、強い衝撃が加われば簡単に割れてしまう。
もしあの石が壊れてしまったら、ドットやお父さまに叱られるだけでは済まない。
グレグとの交渉にも使えなくなってしまう。
「どうしよう……。探しに行かなきゃ……」
一刻も早く、ブローチを確かめないと。
全身から、一気に血の気が引いた。
ふるえる足で、窓から離れようと一歩踏み出した瞬間、バサリという力強い羽音が背後から聞こえる。
「カイル!」
彼の大きな黒い翼が、窓一杯に広がった。
脚には王族の証であるルビーのブローチが、しっかりと握られていた。
闇夜に深紅の光を放つブローチを掴んだまま、彼は静かに部屋に入ると、テーブルの上にふわりと舞い降りる。
「全く。本気で地面に頭をぶつけて死ぬかと思った」
「カイル! ありがとう!」
私が抱きついたら、彼は初めてそれをそのまま受け入れてくれた。
「だから抱きつくな! 俺がこの脚を放したら、また落っことすだろ!」
「今度は部屋の中だから大丈夫よ」
「そういう問題じゃない!」
「ありがとう、カイル。一生感謝するわ」
「いいから今すぐ離れろ!」
彼がバタバタと暴れるものだから、取れてしまった羽根が数本、ひらひらと部屋に舞った。
それでもまだ感謝を伝えきれなくて、彼をぎゅっと抱きしめる。
「放せ!」
「嫌よ。しばらくこのままでいさせて」
そう言ったのに、ポンッという音がして、腕の中でもくもくと白煙が上がった。
カラスのカイルは、幼い少年王の姿に変わっていた。
彼は細く小さな腕で、私を押しのける。
「それ以上近寄るな!」
「どうしてよ。恥ずかしいの?」
10歳くらいに見える、幼い少年は顔を真っ赤にして横顔を向けた。
「もうバカなことは考えるな」
「バカなことなんかじゃないわ。これはグレグに対する誠意でもあるのよ」
「お前がどれほど思い詰めていたのかは、よく分かった」
そう言うと、彼はテーブルにあったブローチを握りしめ、その手を私に突き出す。
「身代金5,000億ヴェールの話は振り出しだ。白紙に戻そう。今度はちゃんと、俺たち二人で身代金をどうするか考えるんだ」
「私たち二人で?」
その言葉に、何だかちょっと嬉しくなる。
それなのにカイルは、サラサラした金の髪をわずかに傾け、ムッとした表情を見せた。
「なんだ、俺と一緒じゃ不満か?」
「いいえ、そうじゃないわ」
私は椅子に腰掛けると、彼にも席につくよう促す。
「それなら、沢山相談しないと」
「あぁ、そうだな。解決すべきことは多い」
彼は私の言葉に素直に従うと、椅子を引いてちょこんとそこに腰掛けた。
「明日の晩も、ここへ来る?」
「誕生日までに、もう一ヶ月を切っている。早くどうするか決めないと、準備が間に合わない」
「そうね、沢山話し合わないといけないわ」
私がついうっかり、これから毎日カイルに会えるという喜びを隠せず盛大に微笑むと、彼はあからさまに不機嫌になり眉間にシワを寄せた。
「どうしたウィンフレッド。何を考えている」
「カイルが来てくれるなら、ここに閉じ込められているのも悪くないなーって」
「その軟禁状態を解消するために話し合うんだろ」
「あはは。そうだったわね」
それから毎晩、彼は夜になると私の部屋にやって来た。
もうこの際、退屈しのぎの話し相手になってくれるのなら、相手は誰でもよかったのかもしれない。
ほぼ毎晩、決まった時間に窓から呼んでいたら、そのうちに私が呼ばなくても彼の方からやって来てくれるようになった。
高い塔のてっぺんの小さな部屋で、私たちは夜の闇に紛れ秘密の会話を交わす。
カイルはカラスの姿でやって来て、部屋の中に入ると美しい少年王の姿に形を変えた。
身代金の相談の合間にも話す彼の話は、どれもこれも聞いたことのないようなものばかりで、すっかり夢中になった。
山で魔物と遭遇した時の話や、ドラゴンの巣に上った話。
川の水をせき止めていた岩を砕くために、そこに巣くう巨大な水毒蜘蛛と戦った話など、いくらでも話題は尽きない。
彼は彼のために用意したお菓子の中から、種入りの焼き菓子を好んで食べた。
大粒のルビーのブローチが、高い塔のてっぺんから夜の闇の中へ転げ落ちる。
その瞬間、カイルは迷うことなく即座に飛び降りた。
真っ逆さまに、一直線に落ちてゆく黒い影は、すぐに闇に紛れて姿が見えなくなる。
「カイ……ル?」
たとえ今が真昼であったとしても、この窓から落としたブローチを目で確かめることは出来ないだろう。
それほど高い塔の上にある部屋だ。
もしかしたら、もう……。
「ブローチが、割れた?」
ルビーほどの硬い石でも、強い衝撃が加われば簡単に割れてしまう。
もしあの石が壊れてしまったら、ドットやお父さまに叱られるだけでは済まない。
グレグとの交渉にも使えなくなってしまう。
「どうしよう……。探しに行かなきゃ……」
一刻も早く、ブローチを確かめないと。
全身から、一気に血の気が引いた。
ふるえる足で、窓から離れようと一歩踏み出した瞬間、バサリという力強い羽音が背後から聞こえる。
「カイル!」
彼の大きな黒い翼が、窓一杯に広がった。
脚には王族の証であるルビーのブローチが、しっかりと握られていた。
闇夜に深紅の光を放つブローチを掴んだまま、彼は静かに部屋に入ると、テーブルの上にふわりと舞い降りる。
「全く。本気で地面に頭をぶつけて死ぬかと思った」
「カイル! ありがとう!」
私が抱きついたら、彼は初めてそれをそのまま受け入れてくれた。
「だから抱きつくな! 俺がこの脚を放したら、また落っことすだろ!」
「今度は部屋の中だから大丈夫よ」
「そういう問題じゃない!」
「ありがとう、カイル。一生感謝するわ」
「いいから今すぐ離れろ!」
彼がバタバタと暴れるものだから、取れてしまった羽根が数本、ひらひらと部屋に舞った。
それでもまだ感謝を伝えきれなくて、彼をぎゅっと抱きしめる。
「放せ!」
「嫌よ。しばらくこのままでいさせて」
そう言ったのに、ポンッという音がして、腕の中でもくもくと白煙が上がった。
カラスのカイルは、幼い少年王の姿に変わっていた。
彼は細く小さな腕で、私を押しのける。
「それ以上近寄るな!」
「どうしてよ。恥ずかしいの?」
10歳くらいに見える、幼い少年は顔を真っ赤にして横顔を向けた。
「もうバカなことは考えるな」
「バカなことなんかじゃないわ。これはグレグに対する誠意でもあるのよ」
「お前がどれほど思い詰めていたのかは、よく分かった」
そう言うと、彼はテーブルにあったブローチを握りしめ、その手を私に突き出す。
「身代金5,000億ヴェールの話は振り出しだ。白紙に戻そう。今度はちゃんと、俺たち二人で身代金をどうするか考えるんだ」
「私たち二人で?」
その言葉に、何だかちょっと嬉しくなる。
それなのにカイルは、サラサラした金の髪をわずかに傾け、ムッとした表情を見せた。
「なんだ、俺と一緒じゃ不満か?」
「いいえ、そうじゃないわ」
私は椅子に腰掛けると、彼にも席につくよう促す。
「それなら、沢山相談しないと」
「あぁ、そうだな。解決すべきことは多い」
彼は私の言葉に素直に従うと、椅子を引いてちょこんとそこに腰掛けた。
「明日の晩も、ここへ来る?」
「誕生日までに、もう一ヶ月を切っている。早くどうするか決めないと、準備が間に合わない」
「そうね、沢山話し合わないといけないわ」
私がついうっかり、これから毎日カイルに会えるという喜びを隠せず盛大に微笑むと、彼はあからさまに不機嫌になり眉間にシワを寄せた。
「どうしたウィンフレッド。何を考えている」
「カイルが来てくれるなら、ここに閉じ込められているのも悪くないなーって」
「その軟禁状態を解消するために話し合うんだろ」
「あはは。そうだったわね」
それから毎晩、彼は夜になると私の部屋にやって来た。
もうこの際、退屈しのぎの話し相手になってくれるのなら、相手は誰でもよかったのかもしれない。
ほぼ毎晩、決まった時間に窓から呼んでいたら、そのうちに私が呼ばなくても彼の方からやって来てくれるようになった。
高い塔のてっぺんの小さな部屋で、私たちは夜の闇に紛れ秘密の会話を交わす。
カイルはカラスの姿でやって来て、部屋の中に入ると美しい少年王の姿に形を変えた。
身代金の相談の合間にも話す彼の話は、どれもこれも聞いたことのないようなものばかりで、すっかり夢中になった。
山で魔物と遭遇した時の話や、ドラゴンの巣に上った話。
川の水をせき止めていた岩を砕くために、そこに巣くう巨大な水毒蜘蛛と戦った話など、いくらでも話題は尽きない。
彼は彼のために用意したお菓子の中から、種入りの焼き菓子を好んで食べた。



