街路樹にとまっている鳩が鳴いていた。その下を肩にかけたバックを背負い直して駆け出す碧央の姿があった。爽やかな風が吹きすさぶ。少しだけ冷たい。
 大学の校門前、石畳の段差を超えようとすると、横を誰かが通り過ぎた。

「碧央、遅いぞ。早くこい!」
 鈴木義春は奥の方で手招きしながら呼んでいる。

「今、行くつぅの……?」
 履いていたスニーカーの紐が取れかかっていて、結び直そうと屈んだ結愛がいた。碧央は何をしているのだろうと気になり結愛の顔を覗く。

「君って……」

 さらに義春が手招きしながら叫ぶ。碧央は、ハッと気持ちを切り替えて、結愛に声をかけるのをやめて立ち去った。また声をかけられるじゃないかとひやひやとしていた。通り過ぎて、胸を撫で下ろす結愛は、茶色のショルダーバックを背負い直して先へ進んだ。あちらこちらから登校する生徒で昇降口は溢れていた。


 碧央と義春は、講義室に着いて、見やすい前の方に座った。先に着いていた大石三郎は真面目にノートをひろげて、ペンを用意していた。いつもかけない眼鏡がきらりと光った。

「三郎、眼鏡いつもかけないだろ」
「いやいや、俺もそろそろ本腰入れないとな。レポート書かないと単位取れないだろ?」
「おいおいおい、ここに通い始めて何か月目に目覚めているんだよ?」
「えっと、8月?」
「4月から通い始めて、4ヶ月も何していたんだ?」
「……バッティングさ。カッキーン!」
「勉強しろよ」

 コントを見てるように碧央と三郎の掛け合いは面白かった。周りにいた生徒たちはくすくすと笑い出す。前の席で何だか盛り上がっているなと感じながら、眼鏡ケースから眼鏡を取り出して装着すると、今まで気にならなかった人が前の座席でケタケタとお喋りしている。

偶然にも碧央は結愛と同じ講義を受けていた。まさかここにいるなんてと結愛の鼓動が早く打ち鳴らす。

 碧央は興奮して立ち上がると後ろにいる結愛と目がバチッとあった。結愛はすぐに目をそらしたが、碧央は避けられてるなと残念がってしゅんと落ち込んだ。
 
 ホワイトボートの前にユニークな社会学専門の三上教授がやってきて、授業が開始された。

 どうすることもできずに時間が過ぎていく。碧央と結愛の2人は何だか終始そわそわしていた。