「石原って名前なんだ」

 本名を知らない彼女はファストフードで働いていた。マッチングアプリで探して初めて好みだと思って選んだ。趣味もインドア派でゲームや映画鑑賞になっていた。待ち合わせ場所で会った。プロフィール写真もまぁまぁの好みの顔だった。会ってみると実物の方が可愛くて、写真映りが良くなかったのかと会った瞬間少し有頂天になった。
 碧央は、子供向けのおもちゃつきハピネスセット注文して、じっと見つめていると、ネームプレートに≪石原≫という文字があった。会った時と名前が違う。明らかにあの時あった彼女のはずなのにと、首をかしげると、彼女はしまったと言わんばかりの顔をして、ネームプレートを手で隠した。

(ビンゴ!)
 彼女の顔に指を差した。何でもない顔をして、注文した商品をトレイに並べる。

「お待たせしました。ご注文の品物はお揃いでしょうか」
「あー……」
「碧央、こっち!」

 返事をしようとすると、座席に座っていた連れの大学の同級生2人は呼んでいた。高校からの付き合いがある2人だった。顔と体形が細長く、食べ物の好き嫌いが激しい鈴木《すずき》義春《よしはる》と正反対に野球のキャッチャーだったドカベンタイプのがっつりといした体形の大将というあだ名の大石三郎《おおいしさぶろう》だった。名前も渋い。先に注文を終えて、早速食べ始めていた。

「おい、食うの早いって!」
 そう言いながら、結愛のことをそっちのけにトレイを持って移動した。

「そっちが遅いんだよ。なんでハピネスセットなんか頼むんだよ。足りなくないのか?」三郎が言う。
「これが欲しくてさ。カービンのフィギィアが期間限定だろ? テレビ台のところにも飾ろうと思ってさ。ピンク色で可愛いだろ?」
「小学生かよぉ」
 義春はポテトむさぼり食べていた。
「これで足りなかったら、ドーナッツでも買って帰るわ。隣に店あるだろ?」
「……まぁ、あるけどさ。自由だな、お前」
「いいだろ、別に」
「俺は、食べ物よりこのフィギィアが欲しかったの」

 テーブルに小さくてかわいいピンクの恐竜フィギィアを置いて、チラリとレジの方向を見る。まだあの子はいるんだろうかと探した。

「これ、食べ終わったらさ、バッティングセンター行かね?」
「さすがは野球部員だね。俺、あんま得意じゃないけど、付き合うよ」
「文化系だもんな、義春は。碧央はどうすんの?」
「んーー、どうすっかな」
「……なんだよ。ノリ悪いな。さっきからチラチラ向こうの方見て、何かあんのか? 好きな子でもいんの?」
「べ、別に何でもねぇよ」

 義春は勘が鋭く、碧央の行動をよく見ていた。結愛のことをじっと見ている姿を見逃さなかった。食べ終えた3人は、結愛を気にする碧央の腕を2人はぐいっと引っ張って、出入り口に出た。その際、ちらっと碧央と結愛は偶然にも目が合った。指2本を立てて、笑顔で合図を送ったが、無視された。

  囚われた宇宙人のように2人に担がれて、碧央はバッティングセンターに行くことになった。拒否することはできなかったようだ。